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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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2.楽しい体験入学~2日目~④ 史上最大の馬鹿

 教室の端から端まで、ゆっくりと視線を動かすキルエ。


「頭に入れて素通りでは意味がない。そんな当たり前のこと、教えなかった私が悪いのかな?」


 射ぬくような冷眼に一瞬とはいえ見つめられ、リュートは肌が(あわ)()つのを感じた。


「非常に失望した。君たちは勉学をなんと心得――」


 唐突に。

 冷厳としたアルトに、ソプラノの歌声が割り込んだ。コミカルなメロディーに乗せて、なんの皮肉か『平気だかんね♪』などと歌っている。

 授業中に、突然のコミカルなメロディー。通常であれば笑いが生じる場面だろう。

 しかし、キルエのいら立ちがピークに達しているところに、そんなメロディーが流れればどうなるか……


 元々冷えきっていた場の空気が、一瞬にして凍りつく。張り詰めたなにかが、限界まで締め上げられていく。

 キリキリと痛む胃に生唾を流し込みながら、リュートは音の発信源へと視線をずらした。

 足元に置いてある、リュートの(かばん)。その口からのぞく2台のスマートフォン。うち1台が、着信のメロディーを奏でていた。


 ――いや平気じゃねえだろ。

 ――誰がやった?

 ――空気読めよ。

 ――死ね。鳴らしたやつマジで死ね。つーか滅べ。


 負の感情は(きわ)まれば、テレパシーとして伝わってくるものらしい。

 教室中の(えん)()の声を受け止めながら、リュートはギシギシと首を曲げ、銀貨へと顔を向けた。

 銀貨は顔の前に片手を掲げ、声は出さずに口の動きだけで伝えてきた。


『ごめんよ』


 コロシテヤル。

 両手の指をわきわきとうごめかし、リュートは銀貨をにらみつけた。


「リュート訓練生」

「はいっ!」


 底冷えするような声で指名され、リュートは素早く起立した。精いっぱい、誠実に聞こえるよう返事をしながら。

 キルエが無言で、こちらをじっと見据えてくる。見られる自分が本当にクズでカスでごみ同然の存在に思えてくる、虫けらを見るような目だ。

 着信メロディーはもうやんでおり、ただ静かな時間が流れた。

 恐怖の時間を長引かせるためか、少し()ってから、キルエがゆっくりと口を(ひら)いた。


「久々に出席したと思ったら、この体たらく……特別貸与された端末を、それほどまでに見せびらかしたいか?」


 この教官の前では、笑う余裕などないと思っていた。

 しかし今は(けい)(れん)してつり上がった口の()が、勝手に愛想笑いを作っている。通じるはずもないのに。


「教官、これには事情が……」

「この期に及んで言い訳かっ!」


 (どう)(かつ)とともにキルエが腕を振るう!

 机上のゴム板を引っつかんで、眼前にかざすリュート。右手の方は、とっさに()(けん)を抜いていた。

 がすっと音を立て、ゴム板からクナイの切っ先が顔を出す。まさに目の前だ。


(相変わらず容赦ねえっ……)


 しゃっくりのような、引きつった息が漏れる。

 ゴム板をどかし、そっと周囲を見渡す。リュートとは別の場所に飛ばされたクナイがあるはずだ。

 多くの者が机に伏せているので分かりづらいが、刺さった生徒は見受けられない。


 取りあえず(あん)()の息をつき、ゴム板からクナイを引っこ抜く。本当はリュートも伏せて()けたいところだが、攻撃のきっかけをつくった生徒は()けてはいけないという、暗黙のルールが存在する。身をもって責任を取れということだ。

 だからリュートに取れる手段は、物か自身で受け止めるか、はじき返すかだ。ただしはじくとなると、他の生徒に向かう可能性がある。今みたいに前方に返せば話は別だが。


(……ん?)


 なにかが引っかかった。

 最近は()(けん)を使う機会が増えたためか、反射的に抜いてしまうことが(まれ)にあった。今回も同様で、飛来したクナイのうち1本を、とっさに前方へとはじき返したのだが。


(……ちょっと待て)


 考えがまとまるよりも先に、膝ががくがくと震えだした。左を見下ろすと、銀貨を(まも)るように伏せていたテスターが、史上最大の馬鹿を見るような目でこちらを見上げていた。

 覚悟を決めて前を見る。

 はじき返したクナイは黒板に刺さっていた。その前に立つキルエの頰には、なぜだか生傷があり、血が流れ出ている。


「教官に対する、物理的な(はん)(ばく)行為か……」


 キルエは血を拭いもせず、スーツケースから(かん)(しゃく)(だま)――ランダムに劇薬が仕込まれているお手製だ――とクナイを取り出した。(かん)(しゃく)(だま)は教卓に並べ、クナイは両手に装備して、胸の前で構える。かつてないほど末恐ろしい目つきで。


(俺……なにやってんだ……)


 限界まで血の気を引かせて、リュートは声を絞り出した。


「も、申し訳……ありませ――」

「嘆かわしい! 一切合切嘆かわしいっ!」


 クナイが風を切る音を合図に、教室内は()()(きょう)(かん)の地獄と化した。


◇ ◇ ◇

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