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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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2.楽しい体験入学~2日目~③ 君はふざけているのか?

 キルエが規則正しい足音を立て、生徒の近くを巡回し始める。テスターに始まり、そのまま後ろに行き、しばらくすると当然――


(来た……)


 コツコツと、ブーツの音が背後から近づいてくる。リュートは眼前の確率漸化式に集中した。が、


(え? ちょ、え?)


 背後の気配はリュートの斜め後ろで止まったまま、動こうとしない。今まで一定の速度で歩いてきたキルエが、ここにきて止まっている。


(なんでだ? なんで俺だけ長く見てるんだ? どっか駄目なのかっ?)


 今のところ自信がないものはあっても、絶対的に解けていないものはないはずなのに、なぜかキルエは動かない。リュートではなく、その隣の銀貨を注視しているのだろうか。


(やべ、考えがまとまんねえ……)


 かといってペンを()めては、思考停止が丸わかりだ。つらつらとそれっぽい数式を書いては消してごまかすが、それもさすがに苦しくなってきた。


(つーか行けよ。あっち行けよ集中できねーんだよっ……)


 過去の記憶も手伝って、背後にしか意識がいかなくなってきた。すでに左手は、いつでも持てるようゴム板に添えてある。

 と、キルエがやっと動きだした。

 リュートはほっとして、再び問題へと意識をやった。

 キルエの足音と、訓練生たちのペンが走る音。それ以外にはほとんど音もなく、ただ静かな40分が過ぎて。


「そこまで」


 キルエが終了を宣言し、訓練生たちがペンを置く。

 解答欄は全て埋めたものの生きた心地はせず、リュートは浅い息を繰り返した。

 左隣の銀貨を見ると、ほとんどまだ習っていないんだから仕方ないと、一周回って堂々としているように見えた。テスターが平然としているように見えるのは、全て正解という自信があるのだろう。


「第1問は漢文だな――ビスケ訓練生」

「はい!」


 キルエの指名に、後方から引きつった声が聞こえてくる。


「第1問の答えは?」

「わ……分かりません」

「分からない?」


 スーツケースを探っていたキルエが、左手を上げる。3本の指にはまっているのは、彼女お気に入りの()()()()――クナイだ。


「君はふざけているのか? 悪いが全く面白くない」

「いえ、その……」

「それで答えは?」

「え?」

「答えは?」

「分かり……ません」


 びゅっ! と音がするよりも速く、リュートは机に突っ伏していた。

 後ろの訓練生たちも、同様の対処をしたのだろう。一斉にガタタッと音が立ち、騒がしくなる。机や椅子の鳴る音に混じり、なにかが刺さったり、はじかれたりする音も聞こえてきた。

 たっぷり数秒の余裕をもたせて、リュートは顔を上げた。同時に、銀貨の頭から左手をどける。


「え、なに今の?」


 銀貨が鼻をさすりながら――机にぶつけたらしい――顔を上げて聞いてくる。

 リュートは銀貨へと顔を寄せて、最小限に声を抑えてささやいた。


「これが彼女の授業方針(スタイル)なんだよっ……」


 生徒が規律を乱した時、生徒が答えを間違えた時、あとなんとなく虫の居所が悪い時。

 キルエは生徒に対し、攻撃的行動をとる。使用されるのは主にクナイだが、たまにエアガンや爆発物も使われる。


 たちが悪いのは、標的の生徒を中心に攻撃をするから、無関係な生徒にも被害が及ぶということだ。つまり攻撃のきっかけをつくるほど、その生徒は周囲の恨みを買うことになる。

 リュートがキルエに根源的な恐怖を感じるのも、彼女自身にというより、集めた恨みの大きさがトラウマになっているからだ。


 地球人がいれば、今日くらいは自重してくれるかもと期待していたのだが、キルエには関係ないらしい。世話役が責任をもてということか。

 目立たないようそっと振り返ると、何列か後ろで、クナイの刺さった辞書を片手に、凍りついている生徒がいた。彼がビスケなのだろう。

 バンッとたたきつける音に、リュートは即座に前を向いた。


「巡回してみたところ、知識を廃棄処分した者が多くいるようだな」


 右手のひらを机上に乗せたまま、キルエが押し殺したようにつぶやく。なのにしっかりと耳に届くから不思議だ。左手にはすでに、次のクナイが装備されている。

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