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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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1.楽しい体験入学~1日目~⑨ とても充実した1日となった。

◇ ◇ ◇


 今日はとても充実した1日となった。

 途中(りゅう)()が離脱したものの――そしてその後の彼の安否が多少気になったものの――いろいろな場所を見学させてもらえて、かなりの好奇心を満たされた。

 銀貨は洗濯籠を抱えながら、寮の廊下を快然と歩く。すれ違った訓練生に挨拶していると、まるで自分もここに帰属する人間のように思えてくる。それもまた楽しい。

 とはいえ、もう訓練校の制服は着ていない。生活体験も兼ねて、これから制服を洗濯しに行くのだ。


「あー楽しかった。明日(あした)も楽しみだね須藤さん」

「うん」


 銀貨同様洗濯籠を抱え、明美が(ほほ)()む。

 と、前を行くテスターと()()が立ち止まった。


「はいストップ。この2部屋が洗濯室な」


 テスターが、廊下を挟んだ両サイドをぐるっと適当に指し示す。

 銀貨はそれを目で追い、外から見ただけでも分かる広さに驚いた。


「両サイドとも洗濯室なの?」

「ああ。こっち側には乾燥室もあるぜ」

「へえー。充実してるんだね」

「使用頻度が高いですからね」


 瀬良は補足もそこそこに、輪から外れるように一歩後退し、


「ここは男子用なので、私と須藤さんは女子寮の方に――」


 そこまで言って、こちらの後方を見やり絶句する。

 銀貨と明美もつられて振り返り、やはり絶句する。

 こちらに向かって、ひとりの少年が歩いてきている。遠目に分かるほど顔は血まみれで、足取りもひどく不安定だ。右足を引きずっているようなので、傷めるかなにかしたのだろう。


「うっへえ。(うわさ)通りの激烈メニューらしいな」


 テスターは痛ましそうに眉を上げると、少年の方へと歩きだした。銀貨たちもそれに続き、合流して真っ先に明美が声を上げた。


「だ、大丈夫天城君っ?」

「まあ……なんとか」


 弱々しく答える少年。


「よっぽど過酷な訓練だったんだね……」

「訓練っつーか……拷問?」


 しみじみ言う明美に、(りゅう)()は達観したような薄い笑みを返した。顔を汚す血はそのほとんどが、割れた額や裂けた頰から流れ出たものらしかった。雑に拭ったためか余計派手に顔を汚している。その血に紛れるようにして打撲の痕もあった。

 そのことに関して気の毒だとは思う。

 だけどやっぱり、湧き上がる好奇心は抑えきれない。


「なにをやったの?」

「まず手始めに、目隠しの状態で屋上から突き落とされた」

「ええっ⁉」


 思った以上に最終局面な手始めに、さすがに銀貨は悲鳴を上げた。

 瀬良があきれたように口を挟む。


「それでよく無事……ではなさそうですけど、死ななかったですね」

「無傷で、ってのを諦めればなんとでもなる――そういうスタンスの訓練らしいからな。死ぬことだけはないらしい」


 自身は(かけ)()も信じていない口調で、(りゅう)()


「でもよかったじゃないか。五体満足なうちに解放されて」

「正しくは逃げ出してきたんだけどな」


 (りゅう)()は疲れたようにテスターに返すと、嫌な記憶を追い払うように頭を振り、


「で、今はなにやってんだ? 洗濯か?」


 明美の手元を見て尋ねる。


「うん。体験ついでに今日着た服を洗うの」

「でもさ、なんか意外だよね」


 なんの気なしに言うと、テスターが不思議そうに聞いてきた。


「なにがだ?」

守護騎士(ガーディアン)の訓練生も自分で洗濯するんだね。てっきりそれ専門の人か、アシスタントがやるもんだと思ってた」

「アシスタントは召し使いじゃないんですけどねえ」


 ねっとりとこちらを見てくる瀬良に、なにかまずいことを言っただろうかと自分の発言を振り返っていると。


「山本」


 (りゅう)()が銀貨の洗濯籠に手を置いてきた。


「お願いだから……お前は、本当に、黙ってくれ」


 一言一言を必死に言い含めるような、惨めとも言える懇願ぶり。見た目以上に(こん)(ぱい)しているのか、籠を通して(りゅう)()の体重がのしかかってくる。


(りゅう)()君どうしたの? 困ってることあるなら相談に乗るよ?」

「……俺、自称友達に殺されそうなんだけど、どうしたらいい?」

「そんなひどいやつがいるの?」


 訓練校とはやはり厳しい所だと、銀貨は目をむく。

 (りゅう)()はなぜだか諦めたように息を吐いた。と、


「どこ行ったイカ墨小僧⁉ 俺様から逃げるとはいい度胸してんじゃねえか!」

「げっ⁉」


 後方から聞こえてきたがなり声に、(りゅう)()が顔をひきつらせる。


「教官教官、こっちです」

「リュートはこっちにいますよー」


 近くで手招きしている訓練生たちに、(りゅう)()が悲鳴に近い非難の声を上げる。


「おい、お前らなにチクってんだよ⁉」

「いや別に」

「特に意味はないけど、なんか面白そうじゃん」

「このクズ!」

「友達に向かってクズはないだろ」

「ああああ、自称友達にほんとに殺されるっ……」


 頭を抱える(りゅう)()。そこへ、


「見つけたぞイカ墨ぃっ!」


 こちらに狙いを定めたグレイガンが、巨体に似合わぬ俊敏さで駆けてくる。なんとなくだが鬼を(ほう)彿(ふつ)とさせた。


「悪い、俺もう行くなっ」


 (りゅう)()は「また明日(あした)!」と続けておざなりに手を振ると、危うい足取りで駆けだした。


「見つけたぞイカ墨ぃっ! 脱走兵は厳罰だっ!」

「あんな必死訓練、誰だって逃げ出しますよっ!」

「てめえの根性がカスなだけだ! 可能性を見いだせば生き残れるっ!」

「全方位からの一斉射撃に、どう可能性を見いだせって言うんですか!」


 追う者と追われる者のかけ合いを、訓練生たちがにやにやと眺めている。なんとなく、(りゅう)()の訓練校での位置づけが分かったような気がした。


「あの……さすがに助けてあげた方がいいんじゃ……?」

「大丈夫大丈夫。まだいける」


 おずおずと言う明美に、苦笑していたテスターが気安く答える。瀬良は幾分心配げな顔を見せているものの、特に()めようとする気配もないようだった。

 銀貨にはそのさじ加減がいまいち分からなかったが、そういうものらしい。

 正直複雑な気分ではあったが、


「じゃあ取りあえずは洗濯……かな?」


 グレイガンの跳び蹴りを食らって床に沈み込む(りゅう)()を見ながら、銀貨はぽつりとつぶやいた。


◇ ◇ ◇

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