1.楽しい体験入学~1日目~⑧ 命を実感できるぞ
「しっかたねえな。じゃあ特別に、課題の交換を許可してやる」
「交換?」
「アホみたいなオウム返しはやめろユグドール。文字通りの意味だ。ただし交換相手は他学科の者に限る」
生じかけた楽観的な空気が、他学科縛りの条件を聞いて一瞬にしてしぼむ。
(なんだよその条件。意味ねえじゃねーか)
念のため6回生らに目をやるが、当然彼らも乗り気には見えない。むしろ、
「しょっべえなあ、お前ら。びびってやんの」
難癖つけなければ気が済まないらしく、ぎこちない嘲笑を向けてくる。
リュートはその嘲笑を真っ向から受け止めて、半眼を返した。
「それはお互いさまですよね。セラと手すら握れないんですか?」
「俺はやろうと思えば……ただもうちょっと、選ぶ自由が欲しいだけだ」
「な……どういう意味ですか、それ?」
「セラがそこにいるのは厚意だっていうのに、彼女の方が我慢してるって可能性は考えないんですね」
「はあ⁉ どういう意味だよチビ!」
「生意気なんだよ!」
「だから安易に人を侮辱すんなっつって――」
「なんか偉そうにされてますけど」
言い返そうとするリュートを遮り、テスターが口を挟む。
「AR生が暗号速解で負けてる時点で、なにか思うところはないんですか?」
その冷ややかな笑いは、ミルケたちの嘲笑のように、見せつけるための張りぼてではなかった。ただ静かに、心底笑っている。
「……た、たまたま早く解けただけだろ。いい気になんな!」
にらみ合う4人。
損得勘定抜きで勝ちにいこうかと、リュートが拳を握った時。
「なるほど、協力はなしと。そうかそうか……」
納得したように、グレイガンがこくこくとうなずいた。そして、
「馬鹿かてめえらはっ!」
組んでいた腕をほどいて一喝する。
「目の前に簡単なクリア条件提示されてんのに、くだらん見栄で無視してんじゃねえっ! いいか? プライドなんざ根底にひとつあればいい。誰にも譲れないたったひとつの信念だけを、身体の芯に刻みつけておきゃいいんだ。それ以外のこだわりなんざクソの価値もねえ!」
「あの……よろしいでしょうかグレイガン教官」
恐る恐るといった体で、ミルケが右手を挙げる。
「なんだ?」
「交換してお互いクリアしても決着つかないというか、本末転倒というか」
「いいじゃねえか全員勝ちで」
あっさりとグレイガン。
「自分の学科が一番偉い――それが信念だっつーなら、それはそれでいい。だがそうじゃねえなら無駄に壁をつくるんじゃねえ。鬼を狩る者同士、命を預ける仲間だろうが。利用し合って助け合え。なんのための訓練校だ? 使い捨ての命だからこそ、生き抜く可能性は貪欲に貪れ!」
「そんな大袈裟な……」
「心がけの延長線が現実だろうがっ! そんなに物足りないなら、昔お蔵入りになった魂掘削プログラムをやってみるか⁉ 命を実感できるぞただしその後二度と『感じる』ことはねえだろうけどな!」
「ひっ……」
ミルケがかすれた悲鳴を上げる。グレイガンはミルケの胸倉をつかんだ手を、自分の元へと引き寄せ――生じたアラーム音を合図とするかのように、バッとその手を離した。
突然解放されてたたらを踏むミルケ。グレイガンはそんな彼にはもう構わず、左手の腕時計を操作してアラーム音を止める。
「30分経ったな。課題の達成は全員できなかったから、達成度の一番低いやつを負けとする。という訳でイカ墨頭、お前が最下位だ」
「へ?」
流れるように矛先をぶっ込まれ、リュートはぽかんと口を開けた。
「今回の修練プログラムの肝は肉体的な耐久力。まさにお前向きだな、よかったじゃねえか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
グレイガンの中での決定事項に、慌てて異を唱える。
「なんで俺が最下位なんです? 達成度なんてみんな変わらないでしょうっ?」
「制限時間を過ぎた時、課題の対象をこの場に連れていなかったのはお前だけだ」
「なに言ってるんですか! 俺の課題はここにちゃんとっ――」
バッと手を広げて背後を示し、
「あ、あれ? あいつは?」
そこに在るべき姿を見つけられず、リュートは辺りを見回した。
「学長なら帰ったよ、グレイガン教官が熱弁を振るってる間に」
「そういえば、ダシに使われて甚だしく不愉快だとか、学長愚弄に対する処罰を検討するとかつぶやいてたけど……処罰ってたぶん天城君のことだよね? 大丈夫?」
銀貨と明美の言葉を聞いて、憮然とつぶやく。
「な……んだよそれ、俺のせいじゃねーだろ」
「結果が全てだ。つーわけでイカ墨小僧、とっとと行くぞ」
グレイガンに首根っこをガシッとつかまれ、ずるずると引きずられながら、
「なんだよそれ! どんな貧乏くじだよ俺かわいそうじゃねーかよっ!」
遠ざかっていく仲間たちの姿が見えなくなるまで、リュートはずっとわめいていた。
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