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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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1.楽しい体験入学~1日目~⑧ 命を実感できるぞ

「しっかたねえな。じゃあ特別に、課題の交換を許可してやる」

「交換?」

「アホみたいなオウム返しはやめろユグドール。文字通りの意味だ。ただし交換相手は他学科の者に限る」


 生じかけた楽観的な空気が、他学科縛りの条件を聞いて一瞬にしてしぼむ。


(なんだよその条件。意味ねえじゃねーか)


 念のため6回生らに目をやるが、当然彼らも乗り気には見えない。むしろ、


「しょっべえなあ、お前ら。びびってやんの」


 難癖つけなければ気が済まないらしく、ぎこちない嘲笑を向けてくる。

 リュートはその嘲笑を真っ向から受け止めて、半眼を返した。


「それはお互いさまですよね。セラと手すら握れないんですか?」

「俺はやろうと思えば……ただもうちょっと、選ぶ自由が欲しいだけだ」

「な……どういう意味ですか、それ?」

「セラがそこにいるのは厚意だっていうのに、彼女の方が我慢してるって可能性は考えないんですね」

「はあ⁉ どういう意味だよチビ!」

「生意気なんだよ!」

「だから安易に人を侮辱すんなっつって――」

「なんか偉そうにされてますけど」


 言い返そうとするリュートを遮り、テスターが口を挟む。


「AR生が暗号速解で負けてる時点で、なにか思うところはないんですか?」


 その冷ややかな笑いは、ミルケたちの嘲笑のように、見せつけるための張りぼてではなかった。ただ静かに、心底笑っている。


「……た、たまたま早く解けただけだろ。いい気になんな!」


 にらみ合う4人。

 損得勘定抜きで勝ちにいこうかと、リュートが拳を握った時。


「なるほど、協力はなしと。そうかそうか……」


 納得したように、グレイガンがこくこくとうなずいた。そして、


「馬鹿かてめえらはっ!」


 組んでいた腕をほどいて一喝する。


「目の前に簡単なクリア条件提示されてんのに、くだらん()()で無視してんじゃねえっ! いいか? プライドなんざ根底にひとつあればいい。誰にも譲れないたったひとつの信念だけを、身体(からだ)の芯に刻みつけておきゃいいんだ。それ以外のこだわりなんざクソの価値もねえ!」

「あの……よろしいでしょうかグレイガン教官」


 恐る恐るといった体で、ミルケが右手を挙げる。


「なんだ?」

「交換してお互いクリアしても決着つかないというか、本末転倒というか」

「いいじゃねえか全員勝ちで」


 あっさりとグレイガン。


「自分の学科が一番偉い――それが信念だっつーなら、それはそれでいい。だがそうじゃねえなら無駄に壁をつくるんじゃねえ。鬼を狩る者同士、命を預ける仲間だろうが。利用し合って助け合え。なんのための訓練校だ? 使い捨ての命だからこそ、生き抜く可能性は(どん)(よく)に貪れ!」

「そんな(おお)()()な……」

「心がけの延長線が現実だろうがっ! そんなに物足りないなら、昔お蔵入りになった魂掘削プログラムをやってみるか⁉ 命を実感できるぞただしその後二度と『感じる』ことはねえだろうけどな!」

「ひっ……」


 ミルケがかすれた悲鳴を上げる。グレイガンはミルケの胸倉をつかんだ手を、自分の元へと引き寄せ――生じたアラーム音を合図とするかのように、バッとその手を離した。

 突然解放されてたたらを踏むミルケ。グレイガンはそんな彼にはもう構わず、左手の腕時計を操作してアラーム音を()める。


「30分()ったな。課題の達成は全員できなかったから、達成度の一番低いやつを負けとする。という訳でイカ墨頭、お前が最下位だ」

「へ?」


 流れるように矛先をぶっ込まれ、リュートはぽかんと口を()けた。


「今回の修練プログラムの肝は肉体的な耐久力。まさにお前向きだな、よかったじゃねえか」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 グレイガンの中での決定事項に、慌てて異を唱える。


「なんで俺が最下位なんです? 達成度なんてみんな変わらないでしょうっ?」

「制限時間を過ぎた時、課題の対象をこの場に連れていなかったのはお前だけだ」

「なに言ってるんですか! 俺の課題はここにちゃんとっ――」


 バッと手を広げて背後を示し、


「あ、あれ? あいつは?」


 そこに()るべき姿を見つけられず、リュートは辺りを見回した。


「学長なら帰ったよ、グレイガン教官が熱弁を振るってる間に」

「そういえば、ダシに使われて(はなは)だしく不愉快だとか、学長()(ろう)に対する処罰を検討するとかつぶやいてたけど……処罰ってたぶん天城君のことだよね? 大丈夫?」


 銀貨と明美の言葉を聞いて、()(ぜん)とつぶやく。


「な……んだよそれ、俺のせいじゃねーだろ」

「結果が全てだ。つーわけでイカ墨小僧、とっとと行くぞ」


 グレイガンに首根っこをガシッとつかまれ、ずるずると引きずられながら、


「なんだよそれ! どんな貧乏くじだよ俺かわいそうじゃねーかよっ!」


 遠ざかっていく仲間たちの姿が見えなくなるまで、リュートはずっとわめいていた。


◇ ◇ ◇

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