1.楽しい体験入学~1日目~⑥ 究極の選択だよな……
◇ ◇ ◇
グレイガンに連れられて移動した先は、一番近場の特殊第1運動場だった。
彼は運動場に着くなり、懐から取り出したメモ帳にペンを走らせ始めた。そのさまだけを見ると、頼りがいのありそうな教官に見えなくもない。
ちなみに6回生の持っていたファイルは、通りすがりの訓練生にグレイガンが全部押しつけた。今回の件の一番の被害者は、疑いもなく彼らだろう。
「さてと」
なにやら書き終えたらしいグレイガンが、ペンをしまいながら顔を上げる。示し合わせたわけでもないが1列に並んだリュートたちに、順番に視線を送っていく。
「勝負するのはミルケ、ユグドール、テスター、イカ墨小僧の4人だ。安心しろひいきはしねえ。みんな俺のかわいい元教え子だからな」
「あの俺の名前リュ――」
「今から配る紙には、ここに連れてこなければならない人物――または物と、その対象に関して実行すべき事柄が書かれている」
かわいい元教え子の言葉を無視して、グレイガンはメモ帳から紙を剝ぎ取り、1枚ずつ配り始めた。並び順を無視して渡しているので、ひとりひとり書かれた内容が異なるのかもしれない。
「まあ勝負っつーかゲームだな。お客さまもいるみてえだし、そんな気負うものじゃねえ」
グレイガンが『お客さま』にアクセントを置き、銀貨と明美を見て笑う。
もしかしたら営業スマイルなのかもしれないが、リュートは左隣に立つ明美が、びくりと肩を振るわせたのを見逃さなかった。
「まずは各自課題を読み解いて――無論相談はなしだぞ?――対象をここに連れてこい。その上で課題を実行してもらう。制限時間は、今この瞬間から30分だ」
グレイガンは自身の腕時計をペシペシとたたいて、突然の開始宣言をした。
(……読み解いて、ねえ)
リュートは受け取った紙に視線を落とした。そこに記されていたのは数字とアルファベットの羅列。
8 24157817 Ⅰ 46368 5 610a 1
5a 13 987 24157817 Ⅰ 1836311903 196418a 2971215073 6765 13a 165580141
つまるところ、課題とやらは暗号で書かれていた。24157817の数字だけサイズが小さいのも、なにか意味があるのだろう。
(なんかめんどくさそうだし、それっぽいところで適当に諦めるか。勝てば6回生の機嫌も直るだろ)
確証はないが恐らくはテスターも、リュートと同様のことを考えているだろう。
と、リュートから漂う怠惰な空気を牽制するかのごとく、グレイガンが指を立てる。
「ちなみに課題が実行できなかった者は、俺様開発中の修練プログラムに付き合ってもらうからな」
「え?」
リュートはほうけた声とともに、顔を上げた。目が合ったグレイガンがにやりと笑う。
「ちょうど被験者を探してたんだよ」
(そういうことかよ……)
やけに積極的に関わってくると思ったら、修練プログラムの被験者――という名の犠牲者――を欲していたらしい。
(やべえ、負けられねえ……)
一気に焦燥感がかき立てられる。
「いいか、ここに書かれているのが今日の課題だぞ」
グレイガンが丁寧にも、ひとりひとりの前を歩きながら、紙に指を突きつけていく。
ちらりと右隣のテスターをうかがうと、真剣に紙を読み込んでいた。彼は被験者の経験はないはずだが、その凄愴ぶりを噂にでも聞いているのだろう。
「おいイカ墨頭!」
一喝され、リュートは慌てて姿勢を正した。
「よそ見するな、これが今日の課題だ。目を凝らしてしっかり読み解け!」
バシッと音を立てるほどに強く、紙に指をたたきつけるグレイガン。
(何度も言われなくても分かってるっての)
加えてイカ墨と言われるたび、銀貨が同情&激励のまなざしを送ってくるのが、非常に気になるというか癪に障るというか率直に言ってむかつく。
そんな思いをない交ぜに、胸中で舌を出していると――
「……うわ、きっつ」
テスターがぽつりとつぶやいた。紙をひらひらと振って、
「教官。これ、本当にやるんですか?」
グレイガンへと苦い顔を向ける。
さすがというか、もう読み解いたようだ。その内容はいただけないみたいだが。
グレイガンはあっさりと手を振った。
「やらんでもいいぞ。代わりに被験者をやってもらうだけだからな」
「……持ってきます」
浮かない顔で一抜けし、テスターは運動場を出ていった。「割と究極の選択だよな……」とこぼしながら。
「おい、俺らもやるぞ」
「ああ」
負けられないとばかりに、6回生たちが意気込む。
それはリュートだって同様だ。改めてメモの内容を吟味する。
グレイガンは紙を指さし、『今日の課題』と強調していた。そしてメモの1行目に並ぶ数字(一部アルファベット)は、空白を用いて7つの塊に分けてある。
(単純に考えるなら、この1行目が『きょうのかだい』ってことだよな)
そうなると恐らく、サイズの小さい数字は拗音の一部を表し、aは濁点を意味していると考えられる。
その他の特徴として挙げられるのは、1とⅠの表記揺れと、平仮名50音の後半に行くほど、文字を構成する数字の個数が多いこと。
表記揺れは『い』と『う』の違いを示すためで、数字の個数が単純に桁数を示しているのであれば……
6回生の片割れが「うげえ」と舌を出し、運動場を立ち去っていく。解読が終わり、目的のものを探しに行ったのだろう。
リュートは気にせず、頭の中で仮の数列を書き連ねていった。そして――
「はぁ?」
解読できたものの、あまりにふざけたその内容に、リュートは顔をしかめて紙を突き返した。
「これはさすがに無理でしょう。連れてくることだってできるかどうか」
が、グレイガンは想定内の反応とばかりに笑い飛ばした。
「どんな手を使ってもいいぜ。なんなら俺からの急用って口実を使ってもいい」
リュートは腕を組み、足裏で何度も地面をたたいた。落ち着かなげに視線を迷わせ、
「くそ、確かに究極の選択かもな」
紙を握り潰して、本部棟へと足を向けた。
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