1.楽しい体験入学~1日目~⑤ 言ってる方は、結構自覚ないものよね。
確かに訓練校内においては、5回生に帯剣の義務はないし、リュートらもいつもは帯剣しない。が、今は地球人――なにより明美がそばにいる特殊な状況だ。いざという時を考え、リュートもテスターも帯剣していた。
という事情を事細かに話す必要はさすがにないので、テスターがはしょって説明する。
「ちょっと事情がありまして。いやー、ほんとG専科はめんどくさいですよね」
「は? AR専科はそうでもないってか?」
男子生徒が険悪な声を上げる。
「いえ違いますって。俺はただ――」
取り繕おうとするテスターに、頼みもしない助け船を出したのは銀貨だった。ずいと両者の間に入り、
「テスター君はそういうつもりで言ったわけじゃないですよ。確かに守護騎士はいろいろと危険な目にも遭うし、アシスタントとは段違いのリスクを負ってるとは思うけど……」
「は?」
「俺らは楽してるって言いたいのか?」
「そういうわけじゃ。別に誰かが楽してるとかどうかじゃなく、ただ現実にそうですよねって話で――」
「お前もう息だけしてろ」
ナチュラルにあおっていく銀貨を冷眼視して、今度はリュートが分け入った。目で銀貨のネームプレートを指し、
「すみません。彼地球人の来客なんです。だからこちらの事情は知らなくて。気分害されたなら謝ります」
「なに余裕かましてんだよ」
「つーかさ、なんでそんな上から目線なんだ?」
(どうしろってんだよ……)
「ちょっと失礼します」
完全に喧嘩腰な男子生徒らに会釈し、リュートはテスターとセラを手招きしながら後退した。念のためのついでに、銀貨や明美からも距離を取る。
「おいどうする? なんか変なプライド刺激しちまったのか、あいつらめっちゃ絡んでくるぞ」
「めんどくさいし、とにかく謝っとけばいいんじゃないか?」
内容が漏れないよう小声で相談していると、
「そうかしら」
ひとり意外な反応が返ってきた。
「言ってる方は、結構自覚ないものよね」
澄ました顔で、でもなにかをたっぷり含ませてセラがつぶやく。
「おい、お前までなに言ってんだよ」
「ほんと、確かにG専科生は上から目線かも」
リュートは困り果ててテスターを向いた。彼は肩をすくめるだけだ。
「おい、なにコソコソしてんだよ」
肩をつかまれ、はっと振り返る。
6回生たちは、もうファイルを抱えてはいなかった。まとめて道の脇に置き、両手を空けている。その必要があるというのは、こちらにとってあまり好ましくない展開だ。
6回生たちが、じりじりと顔を近づけてくる。
「お前らみたいな勘違い野郎には、思い知らせてやりたくなるぜ」
「G専科の方が上だと思ってんだろ? 本当にそうか試してみるか?」
「いやだから、なにも勘違いしてませんって――」
「面白そうですね、試してみましょう」
さらりと割り込むセラの言葉。
防御するように両手のひらを前に掲げていたリュートは、顔だけでセラに向き直った。
「おい馬鹿言うなよ。喧嘩は処罰対象だろっ」
「喧嘩じゃなくて勝負ですよ。AR専科生対、G専科生。純粋な他学科交流です」
「ふざけてる場合か? 俺たちは今地球人のがぐぅっ⁉」
セラへの抗議は、突然背中に生じた衝撃と、地面への激突、その後後頭部に加わった一撃で、問答無用に中断された。
「なっ……⁉」
「大丈夫天城君⁉」
銀貨と明美の、混乱したような声が聞こえる。加えて、
「話は聞かせてもらったぜ」
上方から、覚えのある声が耳に届く。あいにく頭を押さえつけられているため視認はできないが、テスターの声が正解を教えてくれた。
「グレイガン教官?」
「よければその勝負、俺が取り仕切ってやる」
見えなくても分かる。突然の乱入者は、絶対に満面の笑みを浮かべていると。
「あの、教官」
「できればその……リュート様から足をどけていただければと」
「ん? おおっ、そうだった」
恐る恐るといった様子のテスターらの言葉に、乱入者が足――だろう、セラの言葉から察するに――をどける。
「相変わらず鈍い人生送ってんなあ、イカ墨小僧。これくらいの蹴りはあっさり避けてくれんと、まるで俺様がいじめてるみてえで困るぞ」
奇襲の回避が身につくような人生は嫌だとか、回避できてもいじめはいじめだろうとか、いろいろと思うところはあったが、
「……善処します」
いろいろと諦め、背中をさすりつつ立ち上がる。もう片方の手で後頭部をはたくと、砂がぱらぱらとこぼれ落ちた。
目の前の6回生たちは、もうリュートを見てはいなかった。引きつった顔で、こちらの背後を見つめている。
6回生だけではない。リュートはもちろん、セラも、いつも飄々としたテスターでさえ、顔に警戒の色をにじませている。
以前グレイガンに会った時のことを思い出しているのか、明美も不安げな顔だ。グレイガンという脅威を知らない銀貨だけが、置いていかれたように、事の成り行きをぽかんと見守っていた。
事態をあおった責任を感じているのか、セラが恐々としながらも、意を決して口を開く。
「教官。ご厚意痛み入るのですが、こんな瑣末なもめ事に教官を巻き込むのは、私たちとしては大いに気が引けます」
渡人組全員で大きくうなずく。それはもう何度も。
「おう、任せろ!」
全然聞いちゃいない。
グレイガンはガハハと笑うと、景気づけにリュートの頭をバシンとはたいた。
「こんなとこで突っ立ってたら邪魔だからな。まずは移動だ」
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