1.楽しい体験入学~1日目~④ 我らが偉大なる長
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「ひどいな。もっと信じてくれてもいいのに」
守衛所を出て開口一番、銀貨が顔をしかめる。あの後自分だけが念入りに持ち物検査をされたことに対して、不満を感じているのだろうが。
「いやあ、レコーダー忍ばせといて、信じてくれは無理があるぜ」
彼独特の笑いのツボにはまったのか、数歩先を行くテスターが、きししと笑いながら振り向く。
「あれはちょっとした探究心というか好奇心だよ。あーあ、写真も撮りたかったのに……」
「体験入学の最後に、報道発表用の写真撮影がありますよ。その時その場所でなら、スマホでの撮影も一時許可されるかもしれません」
「あのオタク!」と散々裏で罵っていたとは思えないほど、懇切丁寧なフォローを入れるセラ。
「報道発表?」
明美が、ぱちくりした目をリュートへと向ける。
リュートは彼女に皮肉げな笑みを返した。
「閉鎖的な渡人の機関が、地球人の体験入学を受け入れるんだ。友好的姿勢をアピールするには絶好の機会だろ?」
「なら僕、2種族の架け橋になれるよう頑張るよ! なんなら毎週来たって構わないよっ!」
「黙れICレコーダー」
隣を歩く銀貨にぴしゃりと告げる。
「ところで体験入学っていうけど……今日はここの授業もないんだよね? なにをするの?」
「今日はまあ、敷地内見学ってとこかな」
明美に答えながら、リュートは右手にそびえる建物を指さした。
「その大きな建物がWGO――世界守衛機関の本部棟で、道を挟んで向かい合ってるのが図書館棟だ」
この辺りの話は明美も熟知しているのだが、彼女が毎週のようにここに来ていることを、銀貨は知らない。知ればその理由を問われるだろうし、なにより「ずるい」とか「なら僕も」とか絡まれるであろうことが明白でウザくて仕方ないので絶対に知られたくない。
という訳で事前に話を通してある明美は、いかにも初耳というふうにうなずいてくれた。素晴らしい。
説明のため少し歩調を落としながら、前方を指す。
「あの辺りは教育棟が集まっていて、裏手には研究棟がある。研究棟では守護騎士が扱う武器や、鬼の幻出に関する研究などが行われてるんだ」
「もしかして入れたりする?」
期待を込めたまなざしの銀貨に、リュートが答えるよりも早く、
「研究棟ですよ? 残念ですが地球人は入れません」
セラが両手でバッテンを組む。こちらへとそらした目が、「特にお前は絶対無理だよ」と強く語っていた。
幸せなことに銀貨はその目に気づいた様子もなく――気づけよとも思うが――右側の世界守衛機関本部棟を指さした。
「本部棟ってやっぱり、偉い人がいっぱいいるの?」
「いっぱいかどうかの認識は人によるだろうけど、世界守衛機関総代表はいるぜ。というかあの建物内に居室がある」
次は俺の番とばかりに、テスターが答える。
「! 世界守衛機関総代表って、つまりは渡人の長ってことだよね? あとこの地区の訓練校学長だとも聞いたけど。僕、たまにテレビで会見とかしてるの見るよ」
「ああ。我らが偉大なる長、セシル学長だ。な、リュート?」
「あーはいはい、そうだな。偉大なる長様だな」
犬歯をむき出して同意していると、銀貨が今度こそと、期待を込めたまなざしを向けてきた。
「あそこは立ち入り禁止じゃないよね?」
悲しきかな、否定できない。
「ああ、ある程度はな……行ってみるか?」
渋々提案すると、銀貨がテンションを爆発させた。
「やった! ずっと入ってみたいと思ってたんだっ!」
「おい危な――」
歩調を速めてテスターを追い抜いていく銀貨を引き留めるも、遅かった。
「わっ……」
「痛っ」
銀貨は運悪く、こちらに向かって歩いてきていた、ふたり組の男子訓練生にぶつかってしまった。学内バイトの最中なのだろうか、彼らは大量のファイルバインダーを抱えていた。
そしてさほど強い衝撃でなかったとはいえ、銀貨との衝突は、ファイルの山を崩すには十分だった。
「ああくそ!」
ふたり組が腰をかがめて、なだれ落ちたファイルを拾い始める。
「大丈夫ですか? すみませんっ――ほら、山本さんも手伝って!」
「あ、うん。どうもすみません!」
いち早くセラが駆け寄り、銀貨と一緒に拾うのを手伝い始める。それ以上は邪魔なだけかと、残るリュートたちは静観する形となった。
制服やそのライン色を見るに、ふたり組はAR専科の6回生のようであった。ひとりはよほどいら立っているのか、聞こえよがしに毒づいている。もうひとりはセラが近づくと、なぜか目立たない程度に距離を取っていた。
「これで全部ですね。本当にすみませんでした」
全て拾い終え、セラが再び謝ると。
「ったく、前見て歩けよ」
ファイルの山からわざわざ不機嫌な顔を見せつけて、男子生徒たちは歩きだした。そのままこちらとすれ違おうとするが、
「……5回生のくせに、いっちょ前に緋剣持ち歩いてんのか?」
リュートとテスターの傍らで足を止めて、観察するように横目で見てきた。
彼らが言いたいのは、義務でもないのに緋剣を持つのか、ということだろう。