1.楽しい体験入学~1日目~③ どう、守護騎士っぽい?
リュートが内心うなり声を上げていると、
「ところで……それの貸与はさすがに無理かな」
銀貨がこちらの腰元――剣帯に下げられた緋剣に、物欲しげな視線を注ぐ。
「駄目に決まってるじゃないですかっ!」
金切り声を上げたのはセラだ。失言だと思ったのか、角が立たないように、慌てて取り繕い始める。
「いえもちろん、地球人と交流を深めるのが目的の体験入学ですからね。お貸ししたいのは山々なんですが、機密事項もありますし……でも制服貸与だって、超絶弩級の特別待遇なんですよ! たぶん制服を着た地球人は、山本さんと須藤さんが初めてです! 分かりますかっ? 地球人で! 初めて!」
人さし指を立てたセラにぐいぐいっと迫られ、銀貨はその言葉を吟味したようだ。
「地球人で初めて……」
「です!」
「……そうだね、セラさんの言う通りだ! これ着てる時点ですごいんだから、これ以上は贅沢だっ」
うんうんとうなずき、思いの外あっけなく引き下がる銀貨。
と思ったら、
「それにこんなこともあろうかと、ちゃんと持ってきたんだよね」
鼻歌交じりに、ソファに置かれた円筒形の鞄へと手を伸ばす。鞄は無駄に大きく、閉まりきらないチャックの隙間から、なにか棒状の物が突き出ていた。
その突き出た部分をつかみ、ぐいと引き抜く銀貨。現れたのは緋剣――ではなく、玩具の剣。以前学校祭の出し物で使用した物だ。
緋剣の代わり……ということなのだろうが、それにより仮装くささが一気に増したのは、皮肉としか言いようがない。
「準備のいいことで」
テスターが苦笑し、守衛が差し出したペン付きバインダーを手に取る。
リュートとセラも各自受け取り、そこに挟まれた書面に目を通し始めた。来客の世話係に対する、いつもの伝達事項だ。地球人への秘匿事項に関する厳命や、案内禁止区域をしるした略地図が載っている。
「ここで緋剣を、こうして……」
視界の端に、大仰な構えを取っている銀貨が映り込む。守護騎士が好きなら、そんな無駄過ぎる構えを取る者などいないことくらい、知っておいてほしいが。
銀貨がポーズを決めながら、期待するような声音で聞いてくる。
「どう、守護騎士っぽい? 鬼を狩れそうな感じ?」
「決めポーズ中に殴殺される間抜けって感じ」
間抜けを横目に、リュートは書類にサインした。
「そうかなあ。かっこいいと思うんだけど」
不服げに、玩具の剣を振るう銀貨。その腕を守衛がつかんだ。
「申し訳ないですが、武器の類いは一時預かりとさせていただきます」
「え、でもこれ玩具……」
「申し訳ありません」
戸惑う銀貨に、有無を言わさぬ口調の守衛。議論の余地はなかった。
(まあ、即座に没収されなかったのは優しさだよな)
むしろそんなことを思ってしまうリュートであった。
守衛が事務的な口調で続ける。
「それとスマートフォンは、当校の訓練生にお預けください」
「厳しいなあ」
「仕方ないよ、そういうルールみたい。私も毎か――えと、素直に従お?」
渋る銀貨を明美がなだめる。危うく口を滑らせかけたが、銀貨は気づいた様子もなく、
「分かってるけど、なんか悲しいっていうか、信用されてないんだなというか……地球人と渡人がもっと仲良くなれば、いつか対応も変わってくのかなあ……」
と、眉根を寄せてため息をつく。
2種族の関係を憂う彼の姿に、リュートは少し感心した。テスターら他の者たちも同様らしく、場の空気が柔らかくなる。
明美がセラにスマートフォンを渡し、制服のポケットをあちこち探っていた銀貨も、「あったあった」と言いながら、内ポケットからスマートフォンを取り出した。
が、ポケットには他にも収納物があったようで、引きずられて出てきたなにかが、音を立てて床へと落ちた。
ICレコーダー。
「あ」
銀貨が声を落とし、守衛がレコーダーを拾い上げる。
「今後の対応について、ぜひとも検討させていただきますね」
地球人と渡人の融和を願う守護騎士オタクが、その兆しをぶち壊した歴史的瞬間だった。
◇ ◇ ◇