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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第6章 僕らの夏休み
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1.楽しい体験入学~1日目~① 忘れてたよ、この――

◇ ◇ ◇


「はあ……」


 リュートは大きく息を吐いた。

 不満から来るため息ではない。むしろその逆、幸せから来る感情の吐露だ。


「分かるぜリュート」


 机上に(ほお)(づえ)を突き、ほうけたように天井を見上げるテスター。

 ベッドに寝転んだまま、リュートはその様を視界に収めた。感動を共有できる者がいることに、(よろこ)びを覚える。


「分かってくれるかテスター」

「ああ。忘れてたよ、この――」

「ぅわ待てっ!」


 リュートは慌てて顔を上げた。が、間に合わなかった。


「――平穏を」

「がああ!」


 頭を抱えて跳ね起きる。悲痛な声でリュートは叫んだ。


「このバカテスッ! なんで言っちまうんだよっ!」

「は? お前なに言ってんだ?」


 椅子の背をきしませ、テスターがこちらを振り向く。同時に寮室の外から、慌ただしい靴音が聞こえてくる。

 リュートはその場で身を乗り出した。


「いいか? ()みしめるのはいい。感涙にむせび泣くのもいい。でも口に出したら終わりなんだよ!」

「悪い、全然訳が分からない」

「こういうことだよ!」


 親指を立て、背後の扉を肩越しにズビシッ! と指す。まるでタイミングを見計らったかのように、


「リュート様大変ですっ! 緊急任務です!」


 勢いよく扉が(ひら)き、金髪の少女が現れる。

 リュートは右手を大きく振り切り、その動き全体で少女を示した。


「どうだ見たか! 平穏だな平和だなって言うことで、じゃあなにか騒動起こそうって感じの空気が因果律を刺激して巡り巡って俺が嫌な目に遭う方向性に向かうんだよすごいだろこん畜生っ!」

「勝ち誇りながら泣くなよ」


 目に多少同情の色をにじませつつ、テスターが立ち上がる。


「で、セラ。緊急任務って? 俺も関係あるのか?」

「ありますよありますよ! お仕事はズバリッ、地球人の体験入学案内です!」

「地球人の体験入学?」

「まさか訓練校(ここ)のってことか? そんな制度ねえだろ」


 ズバリ言われても理解できず、テスターとふたり、小首をかしげる。


「だか――」


 セラは語気を荒らげかけ、はっと背後を振り向いた。(ひら)きっぱなしだったドアをバタンと閉め、再びこちらを向いて拳を握る。


「だから! どっかの守護騎士(ガーディアン)オタクが訓練校生活を体験してみたいって熱弁をふるって、どっかのクズ女神が気まぐれでその好奇心に応えてどっかのゲス学長にかけ合った結果、特別にふたりの地球人が、訓練校の体験入学を許可されたの!」


 流れるような罵倒の中から、リュートはなんとか要点を拾った。ベッド上であぐらをかいて座り直しながら、


「……つまり(やま)(もと)()(どう)が、体験入学に来ると?」

「そう! で、変なことされたり校外秘事項に()れられたりしたら困るから、見張ってろってことらしいのよ! なら最初から許可しなきゃいいのに!」


 両手をわきわきさせ、火でも噴きそうな勢いでわめくセラ。

 と、


「テスター、いるか?」


 在室確認の声とともに、ドアがノックされる。


「ああ、今()ける」


 テスターが壁際まで行きドアを()けると、少年がひとり立っていた。G専科生の同期、ナハトだ。


「これ借りてた本。サンキューな」

「ああ。早かったな」

「面白くて一気読みしちまった。気に入ったから俺も今度買う」


 ナハトは手短な感想を交えてテスターに本を返すと、そばに立つセラへと目を()めた。


「どーも。確か君、リュートの……」

「おはようございます! リュート様専属アシスタントのセラです!」


 明朗活発にセラが返す。


「大変だよなあ。あんな不良学生のサポートなんて」

「聞こえてんぞ」

「聞かせてんだよ。んじゃな」


 リュートの抗議を軽く流し、ナハトはささっと立ち去っていった。

 セラが再度、しとやかにドアを閉め……


「……ほんっと迷惑よね大迷惑! 高校が夏休みに入ってせっかく負担が減ったっていうのに、また無駄に疲れるじゃないっ! だいたい守護騎士(ガーディアン)守護騎士(ガーディアン)ってうるさいのよあのオタクは! あんたらを(まも)ってるのは守護騎士(ガーディアン)だけじゃないっての!」

「……お前、その変わり身こそ疲れないか?」


 そういやこいつはノックしなかったよな、と思いつつ指摘する。


「激烈に疲れるわよ。だからそろそろ、ぶりっこキャラをやめようかなと思ってるんだけど……」


 実際に疲れ切ったのか、エンジンが切れたようにテンションを落とすセラ。


「急に素に戻ったらさすがにおかしいだろ」

「そうなのよね……あ、人格維持に強烈な支障をきたす毒キノコを食べたっていう設定はどうかしら」

「まあ、お前がそれでいいなら……毒キノコを食べたアホってレッテルも貼られそうだけど、大丈夫か?」

「じゃあリュート様に無理やり食べさせられたっていうことに――」

「毒キノコのアホでいけ」


 言い捨てて、リュートはブーツに片足を突っ込んだ。


「緊急っていうからには明日(あした)か、下手すりゃ今日にでも来るんだろ。どうせセシル学長(クソおやじ)のことだから、伝達を失念してたーとかほざいて嫌がらせしてくるんだ。分かってんだよ」

「いえもう来てるわ」


 さすがにブッと吹き出した。


「いやおかしいだろ!」

「知らないわよ私に言われても。取りあえず今は、守衛所で待機してもらってるわ」


 ずっと待機してればいいのに、とでも言いたげな顔でセラが続ける。


「休講日の今日と、講義のある明日(あした)。2日間を見学予定みたいね」

「今日は課題を一気に片づけて、昼寝でもしようと思ってたんだけどなあ……仕方ないか」


 誰よりも早く気持ちを切り替えて、伸びをするテスター。

 リュートの方はというと、彼ほど従順になれずにいた。


「あーくそ、なんだよ。なんで俺ばっかりこんな目に……」


 ぐちぐち言いながら、粗雑な手つきでブーツのベルトを()めていく。


「あのなあ」


 ブーツを捉えた視界の端から、他の靴先が侵入してくる。顔を上げると、あきれ顔のテスターと目が合った。


「確かにお前は、学長の嫌がらせで散々な目に遭ってるかもしれないけど……今回の件。俺とセラはたぶん、お前のとばっちりを食ってるんじゃないか?」


 視線をずらすと、うんうんとうなずき、口をとがらせているセラとも目が合った。


「……よっしとっとと山本たちを迎えに行ってやるか」


 リュートはうそぶき、ベッドをバシッとたたいて立ち上がった。


◇ ◇ ◇

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