4.ホンモノの定義⑬ 慰められるよ。
◇ ◇ ◇
(やべーな……)
体育館に急ぎながら、リュートは腕時計を確認した。そろそろ自分の出番だ。
(須藤を見つけるのに、思いの外時間がかかっちまった。間に合うといいけど)
間に合わなかったら後が怖い。割と本気で怖い。
「すみませんっ」
行き交う来客の間を縫うように進み、ようやく体育館へとたどり着く。
「佐伯!」
出入り口の番をしている佐伯俊介に呼びかけると、彼は慌てた顔でこちらに駆けてきた。
「お前なにしてたんだよ、江山カンカンだぞ! ていうかメークもしてねーじゃんか!」
「いろいろあったんだよ。江山は?」
「もしものときのために、お前の代役としてスタンバってる。脚本担当なだけあって、台詞が頭に入ってるからな」
「なんだ、じゃ俺いらねーじゃんかよ」
「そうじゃないだろ!」
安心して反転しようとするリュートの肩を、俊介がガシッとつかむ。
俊介はスマートフォンをいじりながら、
「待ってろ、今江山にメールするから。来たら教えろって言われてるんだ――そうそう、江山のやつ『番号教えてくれないからこうなるのよ!』ってがなってたぜ」
「仕方ないだろ。基本的に、地球人に番号は教えられないんだ」
俊介の手を肩で押しのけ、リュートは言い訳がましく説明した。
正確には明美は当然として、銀貨にも番号は教えてあった。
彼に関しては教えてアピールに根負けしたのと、いざという時の――まさに今日みたいな――明美関連の連絡手段のためというのが理由だが、原則的に地球人とのスマートフォンを介したやり取りは禁止されている。
「で、なんで遅れたんだ? デートに夢中で忘れてたか?」
「お前こんな時でも、そのスタンスは崩さないんだな」
好奇心に目を光らせる俊介に、リュートはため息を返した。
「照れちゃってまあ――と、返事来た」
俊介がスマートフォンに目を落とす。
「予定通り演れって。ただし小道具の剣は緋剣で代用、登場時は一般用出入り口から入ってこいとのこと。あとは……うはっ」
片眉を上げて失笑する俊介。
スマートフォンをこちらに向けてくるので、のぞき込んで見ると……
「控え目に見てブチ切れてんな」
「でもまあ、怒りの絵柄をさまざまなバリエーションで送ってくるくらいには、心に余裕があるみたいだぜ」
「慰められるよ」
おざなりに返して、リュートは暗幕の張られた出入り口に近寄った。
耳を澄ますと、中の様子が聞こえてくる。ちょうどリュートの出番となる、ひとつ前の場面のようだ。
息を潜めて場転を待つ。
やがて『姫』の声が聞こえ始め、『ならず者』も登場する。そこへ――
「その汚い手を離せ!」
暗幕を払いのけ、さっそうと登場する『騎士』。すかさずピンスポットライトが当てられる。
そしてざわつく観客たち。
(あー……やっぱキャストなんてやめときゃよかった)
猛烈な後悔に襲われるも、もう後には引けない。
リュートは壁際を駆けていき、舞台の上へと飛び乗った。
着地ついでに『ならず者』をひとり倒すと、『姫』をかばうように前へと出る。
これで通常の流れに戻った。あとは練習通りにやるだけだ。
(……で、最後の最後でこれかよ!)
リュートはなにか――フォーチュンクッキーでもおみくじでもなんでもいいが、運命的ななにか――に向かって毒を吐いた。
舞台上に現れた堕神を諦めの境地でにらみ、腰のブザーへと手を――
「青騎士殿、邪悪な魔物ですっ! 成敗を!」
「なっ……⁉」
突然割り込んできた悦子に手を押さえつけられ、リュートは一瞬動きを止めた。
「馬鹿離せ!」
しかし悦子は離さない。兵士の衣装に身を包んだ彼女が、狂喜に満ちた目で訴えてくる。
ここで鬼の排除を劇に絡めて実演したら、絶対ウケる……と。
「さあ青騎士殿! ささっと退治してください!」
けしかけるようにリュートを堕神の方へと押し出し、『姫』と共に後ずさりする悦子。ただし、「変なことしたらまた邪魔する」と目が語っていた。
リュートは速攻で緋剣を具現化させながら、
「……分かったよ! 劇的な排除を見せりゃいいんだろっ⁉」
完全にヤケになって、堕神へと特攻した。
◇ ◇ ◇




