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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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4.ホンモノの定義⑫ 泣きたくはなかった。

◇ ◇ ◇


 太陽が上がるにつれて、気温も順調に上がっている。湿度も相まって、『暑さ』という生物が、身体(からだ)にべったりとまとわりついているかのようだ。

 それでも空だけはすがすがしく晴れやかで、見上げればほんのわずかでも暑さが和らぐ気がする。


 セラは前方に見える人影に向かって、ゆっくりと歩を進めていった。

 もったいぶっているのではない。ただ近づくのが怖かったのだ。

 屋上の(ふち)に立つ彼女の背中に一歩近づくたび、頭に用意していた言葉が消えていく。


 あっけなく、泡のようにはじけて消える。

 とうとう彼女の元へと到達する前に、頭の中は空になってしまった。

 (すべ)なく立ち尽くしていると、彼女が振り返った。


「……どうしてここに戻ってるって分かったの?」

「ここは私の好きな場所だから」


 彼女――アスラの言葉に、セラは反射的に返していた。

 アスラが納得したように(ほほ)()む。


「そっか……あたし、セラちゃんのコピーだもんね」


 あえて自分に突き刺しているような痛々しさに、セラはきゅっと唇を()んだ。

 そう仕向けたのは自分なのだ。

 思った途端、言葉が口をついて出た。


「あなたはどうして、お兄ちゃんを『リュー君』って呼ぶの?」

「それは……そう呼びたかったから」


 自分でもよく分からないのか、アスラが自信なさげに、だけどその『意思』に関しては確信的に答えてくる。

 セラは目を閉じ、吟味した。


「私はお兄ちゃんを、()()呼ぼうとは思わない」


 たぶん最初から、答えはそこにあったのだ。自分が目をそらしていただけで。


「私とあなたは、違うってことよ」


 目を()けて、アスラを見据える。


「だったら、あなたがお兄ちゃんに(いだ)(おも)い……それもあなたが確かに見つけた、あなただけの(おも)いなのかもしれない」

「あたしだけの(おも)い……?」


 意味を探るように視線をさまよわせるアスラに、セラは頭を下げた。


「ごめんなさい」

「セラちゃんっ?」

「本当はそんなこと分かってたの。でもあなたが――気持ちを素直に表現できるあなたが羨ましくて。そんなの、一方的な醜い嫉妬なのに……私はあなたに八つ当たりしてしまった……」

「……セラちゃんは、あたしの無神経なところも含めて、あたしという存在を認めてくれるんだね」


 顔を上げると今度は、アスラがこちらをじっと見ていた。


「あたしは、そんな優しいセラちゃんが大好きだよ」


 ああ。

 自分の醜さが(うと)ましい。

 こんな時でさえなお、自分はこの純粋さに嫉妬している。


「アスラっ……」


 泣きたくはなかった。

 まばたきひとつでこぼれそうな涙を、セラは必死に押しとどめ――


「うれしいっ!」

「え?」


 百面相のごとき速さで満面の笑みへと変わったアスラに、セラは目をしばたたいた。結果、必死に耐えていた涙はあっけなく流れ落ちた。

 その涙も乾かぬうちに、アスラががばっと抱きついてくる。


「ちょっ……⁉」

「とうとうあたしの名前呼んでくれたねっ! 名づけて以来、1回も呼んでくれてなかったのに!」

「そ、そうだったかしら……?」

「そうだよ! それに一度(おお)(げん)()したから、これでベストフレンドだねっ!」

「ど、どうかしら……」

「いえーいベストフレンドっ! BFF!」


 セラはただただ、アスラに抱きつかれるまま目を白黒させた。テンションが大気圏突破しているアスラに圧倒され、再び頭の中が空になってしまった。


「おーい」


 聞こえてきた声は、まさに天の助けだった。


「テスター君!」


 アスラに絡まれながらも、なんとか振り向くセラ。

 ぶれる視界に、塔屋からこちらに歩いてくるテスターの姿が映る。


「ガールズトークに割り込むのは気が引けるけど、一応言っておいた方がいいと思って。俺らの劇、もう始まってるぜ」


 どうでもよさげに吐かれた割に重要そうな言葉が、セラとアスラの動きを()めた。


『あ……』

「ま、別に劇自体は俺らがいなくても回るだろうけど」


 テスターは言葉を切り、にっと口の()を上げた。


「せっかくのリュート様の晴れ舞台、()ないなんてもったいないよな?」

「うん、そりゃあもうっ!」


 全開スマイルで賛同したアスラが、スキップやターンを交えて塔屋に向かう。


「ほらふたりとも! 早く行かなきゃ!」


 手招きして急ぐアスラ。セラはまぶしげに目を細めた。


「万華鏡みたいな子ね」

「どうした? なんか詩的じゃん」


 テスターがきょとんとこちらを見る。聞かれていたらしい。


「別に、私だってたまには……」

「たまには乙女チックにもなる?」

「もう、うるさいわね!」


 吐き捨てると、セラはテスターを追い抜きアスラの後を追った。


◇ ◇ ◇

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