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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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4.ホンモノの定義⑪ ずっとそうして生きてきた。

◇ ◇ ◇


「――どう。須藤!」


 自分――正確には宿主だが――を呼ぶ声に、メルビレナは目を()けた。


「大丈夫かっ⁉」


 眼前に、焦燥に満ちた(しもべ)の顔があった。


「ひゃあっ⁉」


 後ろに下がろうとし、棚に後頭部をぶつけるメルビレナ。鈍い音が頭の内外に響いた。

 片膝を突いていた(しもべ)が、身を引きながらも心配げな声を上げる。


「わ、悪いっ……驚かしちまったか?」

「う、ううん。大丈夫」


 メルビレナは後頭部を押さえながら、逃げるように横へとずれた。


(不覚だ……)


 顔が赤らむのを自覚する。

 不意を突かれて変な声が出てしまった。そのせいで(しもべ)も、自分を明美だと勘違いしているようだ。

 今更女神の方だとも言えない。メルビレナは仕方なく、自身を明美で通すことにした。

 明美が言いそうな言葉を考え、明美が浮かべそうな表情を探す。


「天城君、私を探しに来てくれたの?」

「ああ。山本が連絡つかないっていうから」


 答えながら(しもべ)は、ずり落ちていたブランケットをメルビレナにかけ直した。

 幸いにも、(しもべ)はこちらが女神だとは気づいていないようだ(それはそれとして前々から思っていたが、ひどく感性が鈍いものである)。


「そっか、女神様になにかあると大変だもんね」

「それだけってわけでもねーけど……須藤が体調悪いっていうんだから、まずはそっちが心配だろ。つかなにかある(うん)(ぬん)以前に、女神だって風邪はつらいだろうし」

「女神様を気遣ってるの?」


 意外だった。(しもべ)が役割の(はん)(ちゅう)を超えて、自分を気遣うとは。


「あ、いや……」


 (しもべ)は失言とばかりに目をそらし、早口で後を続けた。


「とにかく、今さっき山本に連絡入れたから、すぐに来てくれるはずだ。俺が君を運んでもいいけど……どうする? あいつを待つか?」

「……そうだね、うん。そんな切羽詰まってもいないし、待つよ。ありがとう」


 礼を言うと、(しもべ)はメルビレナ同様、棚にもたれて座り込んだ。メルビレナとはひとり分の距離を置いて。


「天城君忙しいでしょ? もう行ってくれて大丈夫だよ。私はひとりでも平気だから。そんな体調ひどくもないし」

「赤い顔してなに言ってんだ。山本が来るまではいるよ。その……どうしても嫌っていうのなら外にいるけど」


 ぽつりと最後に付け加える(しもべ)。相変わらずだ。

 愚鈍で変なところで優しくて、でもその優しさを一方的には貫けなくて。


(時を経て姿を変えても……別人となっても、魂の核は変わらぬものよな)

「嫌じゃない……よ」


 メルビレナは明美が言いそうな言葉を返した。


「山本、江山に捕まってるようだったけど、たぶん10分もすれば来るはずだ」


 手持ち無沙汰になったのか、(しもべ)が先ほどと同じような言葉を繰り返す。


「うん」


 頰が熱い。

 準備室の外は騒がしいはずなのに、熱のせいかそれら全ての音がぼやけてにじむ。

 そのくせ隣に座る(しもべ)が立てる音は、一音一音はっきりと耳に届いた。

 ふたりきり。ふたりぼっち。

 ずっとそうして生きてきた。


「……天城君」

「なんだ? やっぱつらいのか?」


 (しもべ)が不安げに腰を浮かす。心配しているのは分かるが、病人に「つらいのか?」と聞く神経が意味不明だ。

 メルビレナは緊張で――いや熱で乾いた唇を軽くなめた。


「嫌われてるみたいで(さび)しいから、もう少しだけそばに来てほしいな」


 きっとこれも、明美が言いそうな言葉だ。たぶんきっと。


「あ、ああ……?」


 (しもべ)が惑いながらも距離を詰めてくる。半人分の距離だけを。

 わずかに()いた距離は、寄りかかるには果てしない。


(小娘の()()というのは、難しいものだな)


 どうにも調子が狂う。

 メルビレナは目をつぶり、自分の心音に集中することにした。


◇ ◇ ◇

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