4.ホンモノの定義⑩ なにを都合よく責任転嫁してるんだ。
◇ ◇ ◇
「セラっ! 待っ……⁉」
伸ばした右手に走った痛みで、リュートは顔をしかめた。
堕神を狩りに向かったものの、肝心の堕神は屋上のセラに反応してしまった。慌てて校舎の壁伝いに屋上へと上がり、堕神に飛びかかったのだが……
(焦り過ぎちまった。利き手を負傷とか、馬鹿か俺は)
リュートはスマートフォンを取り出しながら、塔屋の扉に手を掛けた。
(取りあえず、まずはテスターに連絡入れてアスラを探して……)
短縮ダイヤルを押す直前、着信があった。相手は銀貨だ。
「だあもう!」
やることごった煮で飽和状態の中、正直ウザさ一色の感情でリュートは電話に出た。
「後にしてくれ、今急いでんだ!」
「龍登君、須藤さん知らない? 連絡が取れないんだ!」
「はあっ⁉」
驚きのあまり、リュートは後ろ手に閉めた扉に指を挟んだ。
「お前、須藤と一緒じゃないのか⁉」
左手を振って痛みをごまかしつつ問うと、
「その予定だったんだ。保健室で落ち合うはずだったのに、須藤さん来てないんだよ! 電話にも出てくれない」
食い気味に、ひどく焦った声が返ってきた。
「どうしよう。須藤さん、体調悪そうだったから心配で……」
「だったらなんで離れたんだよっ⁉」
「ごめん……」
完全にしょげ返った銀貨の声に、罪悪感が襲ってくる。
銀貨が付いているからと、明美のことを後回しにしたのは自分だ。
(俺は今更、なにを都合よく責任転嫁してるんだ)
自分を戒め、キャスター付きのスタンド看板の陰から、4階廊下へと出る。スタンド看板の表面には『この先屋上。立ち入り禁止』との紙が貼られていた。
リュートは通行人――まだ一般開放の時間を迎えていないはずだが、予定を繰り上げたのか親子連れの姿も見受けられた――に注意しながら、早足で廊下を進んでいく。
「このことテスターには?」
「まだ言ってないよ」
「あいつには俺の方から伝えとくから、とにかくお前は須藤を探せ。いいな?」
「うん……あ、それと江山さんが、頼みがあるから来てほしいって」
「知るかよこの切羽詰まってる時に!」
そこはさすがに自戒対象外で、リュートは乱暴に電話を切った。
全てが後手後手で追いつかない。
(それでも、ひとつひとつ潰していくしかねーか……)
リュートはテスターへとつながる短縮ダイヤルを押した。
◇ ◇ ◇
「ん……?」
ぞくっとする寒気とともに、目が覚める。
メルビレナは重さの残る半身を起こした。
座ったままずりずりと後ろに下がり、当たったなにかに背を預ける。背後にあるのは棚の類いのようで、仕切り板が背に食い込んでやや痛い。
しかしそれでも今は、もたれられるだけマシだった。なにせ身体中が重苦しい。
(そうか、明美の意識は貧血で気を失ったのか。それで私が……)
宿主の意識が途絶えたからといって即交代するものではないはずなのだが、どうも最近は不安定だ。頻繁に交代を繰り返している弊害かもしれない。
(不調の時には、入れ替わりたくないものだな)
体感を間接的に共有するのとダイレクトに受け取るのとでは、全然違った。
額に手を当て、ぼんやりと天井を見上げる。熱と貧血のダブルパンチは、なかなかにこたえた。
(確か劇の小道具を取りに来たのだったな。ならば少しは、休む時間もあるか)
当初の予定通りさっさと保健室に行くか迷ったが、メルビレナはここで休憩することを選んだ。全てが億劫で、動きたくない。
(にしても寒い。頭は熱いのに、なんなのだこれは……)
空気が冷たいわけでもないのに、ぞくぞくとした感覚が押し寄せる。
メルビレナは定まらぬ視界の中、なにか暖を取れるものはないか目を動かした。
するとなんという偶然か。目の前にある机の上に、ブランケットらしき物が置いてあった。
これが女神の徳というものだろう。
メルビレナは机から垂れ下がったブランケットの端を、手を伸ばしてなんとかつかみ取った。そのままこちらへと引き寄せる。
その際ブランケットの上に載っていたなにかが、複数床に落ちた。そんなもの、上に載せているやつが悪い。
(これで少しはマシになった)
本音を言えば、ブランケットからなにか臭ってくるのが不快極まりなかった。所有者に天罰をメガ盛りで届けたいところだ。
が、ここは寛容な神として流すことにした。
(少し休んで、それから保健室に行こう……)
ブランケットにくるまって、メルビレナは目を閉じた。
◇ ◇ ◇