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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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4.ホンモノの定義⑨ なにひとつとして嚙み合わない。

「やめろセラっ!」


 その言葉は冷水のように、セラの頭を一瞬で冷やした。


「お兄ちゃんっ⁉」


 左を向くと、すでに()()は間近まで迫っていた。

 屋上をスライドするようにして接近してくる、()(しん)の上半身。そしてそれに飛びつく人影。

 人影――リュートが()(しん)の上で不安定にバランスを取りながら、中腰で立ち上がる。


 ()(しん)は当初セラを狙っていたようだったが、どうやら標的を変更したらしい。スピードを緩めながら身をよじり、リュートに向かって爪を振るう。

 しかしその時にはもう、リュートも動いていた。


 彼は左手を()(しん)の頭に添えたまま、右手で()(けん)を振りかぶり――背後から()(しん)の《()》を刺すと同時、()(けん)を手放しその場から飛び降りた。

 リュートの身体(からだ)は地面を転がり、()(しん)はこちらに到達する目前で消滅した。獲物を失った()(けん)が、屋上に転がる。

 セラは血まみれの()(けん)を拾い、兄の元へと駆け寄った。


「お兄ちゃん、大丈夫⁉」

「ああ……」


 身を起こし答える兄の右手は、どう見ても大丈夫そうには見えなかった。()(しん)の体液を浴びたらしく、小刻みに(けい)(れん)している。

 リュートは左手でかばうようにして、右手首を握った。浅い呼吸を繰り返していたが、やがて呼吸も落ち着き、ゆっくりと立ち上がる。

 そのタイミングを見計らって、セラは()(けん)を差し出した。


「お兄ちゃん、これ」

「ああ、悪い」


 リュートは受け取った()(けん)を剣帯へと収めながら、こちらを見返してきた。

 鈍い鉄色を思わせるような、精彩を欠いた目つき。そのまなざしに思い出す。

 自分はなにを見られたのか。


「セラ、どういうつもりだ? アスラに手を上げるなんて」


 とがめるような視線にセラは口ごもった。まるで言葉の紡ぎ方を忘れてしまったかのようだ。


「それは……」

「あたしのせいなの!」


 鋭く分け入った声に、セラははっと振り向いた。

 アスラが揺れる瞳でこちらを見つめている。


「あたしが悪いの……あたし、セラちゃんを傷つけちゃった」


 そこまで言って感情のダムが決壊したのか、ぐしゃっと顔をゆがめる。


「……ごめんねっ」


 とだけ残して身を翻すと、アスラは屋上の(へり)から足を踏み切った。


「っ⁉」

「おいアスラっ⁉」


 リュートが慌てて(へり)へと駆け寄る。それに続くようにして、セラも兄の横から身を乗り出した。

 アスラらしき人影が、地面へと降り立つのが見えた。下では人が行き交っていたが、衝突しないよう、うまく落下位置を調整したらしい。

 アスラはそのまま、人混みに紛れるようにして姿を消した。


「くそ!」


 リュートが毒づき、屋上の(へり)に手を掛ける。壁伝いに自身も下りようというのだろう。

 しかし右手の痛みが邪魔をしているらしく、結局は舌打ちだけを下に落として立ち上がった。


「お兄ちゃん、私……」


 いまいましげに右手を見下ろしていたリュートは、こちらの呼びかけに焦燥の顔を向けてきた。


「なにやってんだよセラ!」

「私……」


 セラは答える(すべ)を持たなかった。

 勝手に嫉妬して、一方的に張り合って。

 (げん)(しゅつ)における警戒も怠って。

 ひどいことを言って、手を上げて。

 全てが空回りで、なにひとつとして()()わない。


「……ほんと、なにやってるんだろ」


 自分勝手に流れ出る水のせいで、視界さえも(わい)(きょく)する。


「ごめんなさいっ……」


 セラはリュートに背を向け駆けだした。

 今はただ、消えてしまいたいという思いそれだけだった。


◇ ◇ ◇

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