4.ホンモノの定義⑧ だってそんなのおかしいもの。
◇ ◇ ◇
(3体目の幻出⁉)
屋上への扉を開けたちょうどその時、セラは3つ目のゆがみを認知した。
世界でもまだ1例しか観測されていない3体同時幻出は、確かにセラの心を揺さぶったが、
(別にふたりいるんだから、対処可能でしょ)
自分に言い聞かせるように結論づけ、アスラの手を引き屋上へと出た。
念のため塔屋をぐるっと回り、屋上に誰もいないことを確認する。
あとは新たに人が上がって来ないかだが、ここに続く階段の前には立ち入り禁止の立て看板が置いてあったため、そう心配しなくともよいだろう(立て看板を置くほど気にかけているのなら、いいかげん鍵が壊れているのに気づいてもよさそうだが)。
(他には……)
適当に目を泳がせているうち、無理やり確認事項を探している――つまりは本題に入りたくない自分がいることに気づく。
「ぁあもうっ……」
セラは毒づいて、塔屋の壁に背を預けた。
ようやく手が自由になったアスラが、セラの正面に回り、不安げな顔で聞いてくる。
「セラちゃん、もしかして怒ってる?」
(そうよ、どうせバレてるなら躊躇も必要ないじゃない。私、いつからこんなに回りくどくなったのよ)
自分を叱咤し、壁から背を離して腕を組む。
「単刀直入に言うわ。お兄ちゃんに付きまとわないで」
「どうして?」
「どうしてって……」
アスラが現れてから、ごみ山のように積もっていくこの感情が、ひどく醜いものだとは分かっていた。のみ込むべきものだと分かっていた。しかし――
「いらいらするのよ。いきなり現れて大好きだなんて、支離滅裂だわ。こっちは迷惑してるんだから!」
セラはアスラをにらみつけた。
(この娘が変にお兄ちゃんに絡むから、私も調子が狂って変なことばかりしてしまう)
「そうなの? ごめんね。あたしはただ、リュー君と一緒にいられるのがうれしくって……」
アスラは本当に申し訳なさそうに、顔を曇らせた。
……その純情さが、余計にセラをいらつかせた。
「その気持ちは本物なの?」
「え?」
低くうなるような言葉で、セラはアスラに切り込んでいく。
「あなたは私の知識や記憶をコピーして出てきた。だったら、あなたがお兄ちゃんに向けるその感情……本当に、あなたが抱いた、あなただけの想いだと言い切れるの?」
「え? じゃあセラちゃん、リュー君のこと――」
「違うわ」
即座に否定する。
「兄として慕っているだけよ。だってそんなのおかしいもの」
指先に力が入り、爪が二の腕に食い込む。与えられる痛みで、辛うじてセラは自制心を保っていた。
「おかしいから自分の気持ちにけりをつけた。とうの昔に過ぎた話よ……でもその想いは、私だけのものだったのに……!」
「ごめん……あたし、セラちゃんのこと傷つけちゃってたんだね」
アスラが悲しげに見返してくる。
「でも、あたし分かんないよ……」
やめて。
胸がざわつく。唇が震える。先取りした怒りが、アスラが言葉を吐く前にセラを突き動かす。
「その気持ち、どうしてしまい込んじゃったの?」
想いは伝えるべき。
真っすぐ過ぎるアスラの常識が、彼女の澄んだ瞳が、セラの歪な心を刻み込む。
「なにも……分かってないくせにっ! 即席で生まれたあなたが、知ったふうなこと言わないで!」
嚙みつかんばかりの勢いで、セラはアスラに詰め寄った。
彼女のおびえた表情が、よりいっそうセラの頭を熱くする。
(大切な――大切な気持ちだったのにっ!)
確かな気持ちだけど伝えられない。だから内に秘めて生きてきたのに。不条理な想いも届かぬ悲しみも、丸ごと大切にしまって生きてきたのに。
なのにこの鬼娘は、軽々しく兄に伝える。不確かな感情のくせに、自分にできなかったことをやすやすとやってのける。
気づけばセラは、右手をアスラに向かって振り上げていた。
「私の想い――勝手に奪らないでっ!」