4.ホンモノの定義⑦ 顔は熱くてでも寒くて
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(……そうだ、小道具)
1階の保健室に向けた足を、明美は強引に方向転換し、階段へと向け直した。
昨日美術部の友人に頼んで、色の剝げてしまった騎士の盾を塗り直してもらったのだ。美術準備室で乾かしてあるから、回収しに行かなければならない。
(保健室行ったら、搬入作業できなくなるかもしれないし……先に回収して由美ちゃんに渡してから、保健室に行こう)
いつも頼りっぱなしの裏方仲間にまた頼ることになるが、仕方ない。
今度おわびのお菓子でも渡そうと決めて、明美は階段をゆっくり上っていった。
(あれ……結構、つらいかも……)
先ほどまでは耐えられていたのに、ひとりになったら急に身体が重くなってきた。寒気も一気にひどくなる。
後ろから来た生徒らにどんどん追い抜かれていきながら、明美はなんとか4階までたどり着いた。
奥まった場所にある美術室は、その場所故か他の催し物の派手さに圧されてか、展示の鑑賞者は少ないようだった。入り口の長机で暇そうに頰杖をついている男子生徒の前を通り過ぎ、隣にある美術準備室へと入る。
友人からは、勝手に入っていいと言われてはいた。それでもやはり気後れし、なんだか泥棒に入ったような錯覚さえ覚えた。
しまい込まれた画材等のせいだろう、室内は油の匂いが鼻についた。壁際に並べられた石膏像らが強烈な存在感でもって明美の目を引いてくる。
(石膏像っていうと、なんでみんなこういうデザインなんだろう。別の人じゃ駄目なのかな、なんか怖い。ていうかフィクションだと、大抵人殺すのに使われるよね)
などと大変失礼なことを考えながら、明美は目をそらした。正直もう身体が重くて顔は熱くてでも寒くてそして頭は混沌の極値だった。
(……あった)
探し物はこれ以上なく目立つ所、部屋中央の長机の上に置かれていた。
ただ明美の注意が先に石膏像に行ってしまったのと、長机にある物らが乱雑に置かれ過ぎていて、気づくのにワンテンポ遅れてしまっていた。
(よかった、ちゃんときれいになってる……)
念のため指で触って乾いていることを確認してから、明美は盾を持ち上げた。
が――
(――あれ?)
突然自分の意識に暗幕が下りた。どうにもならない。ただ倒れていく。
そんな中とっさに盾を机上に置いて衝撃を回避させたのは、自分史上最高のファインプレーなのではないかと、明美は最後の一瞬にそう思った。
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