4.ホンモノの定義⑤ 占いの館
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襷野祭を見て回るといっても、さすがにほいほい遊ぶわけにはいかない。文字通り見て回るだけだ。
(応援がもう少し早く待機してくれれば、その余地もあるんだけどな)
事前にセシルにかけ合ってみたものの、応援の守護騎士は一般開放される9時からしか待機不可だと、すげなく却下されたのだ。
「お化け屋敷どうですかー? 暑さも一気に吹き飛びますよ!」
「本格メイド喫茶やってまーす。ぜひぜひお立ち寄りくださーい!」
客引きの生徒をかわしながら進んでいたら、あっけなく4階までたどり着いた。
4階は主に3年生のゾーンだが、ここに来てぐんと熱量が下がる。過去2年で十分に襷野祭を堪能し、すでに受験へと切り替え済みの学年なのだから、まあ納得というところではある。
「『占いの館』どうっすかー? 監修した生徒は占い師の家系という、マジモンでーす。健康運から異性との相性まで一挙に分かるお得占いっすよー」
テンションを意図的にセーブしたような声音で、3年生が呼び込みをやっている。
ただそれだけのことだったのだが、
「リュー君、相性占いだって! あたしやりたい!」
思わぬところでアスラが食いついた。
彼女に直接返すわけにもいかず、リュートはセラに話しかけるふりをしてささやいた。
「やめとけって。どうせパチモンだ」
そのまま『占いの館』を通り過ぎようとすると、
「やりたいやりたいやりたーい!」
「っぐ……」
背後からぶら下がってきたアスラに、首を締めつけられる。
「やりたいやりたいやりたいやりたいやりたあぁぁぁいっ!」
「わ……分かった! 分かったから!」
リュートは全力でアスラをはねのけた。
そしてはっとする。
「わ……分かったら、次からはもっとちゃんと声に出せよセラ。つぶやくだけじゃ聞き逃しちまうからな」
「不本意ですリュート様」
セラが求めたよう慌ててごまかすと、冷めた声が返ってきた。
「いいじゃねーかたまには。俺なんて日常的に不本意のオンパレードだぞ」
適当に流して、リュートは309の教室――『占いの館』へと入っていく。
「ようこそ『占いの館』へ!」
「奥の2番テーブルへとどうぞ!」
迎えてくれたのは、いかにも占い師然とした薄紫のベールに身を包んだ、女子生徒ふたり。彼女たちは外の客引きと違い、テンションも高い(衣装にはしゃいでいるだけなのかもしれないが)。
「もしかして君たち相性占いが目当て?」
「やだ、渡人もかわいいとこあるじゃんっ」
「ほんとほんと、馬鹿真面目なだけな種族かと思ってたっ」
失礼度もMAXな生徒らに導かれ、リュートたちは奥へと進んでいった。
教室内は、紫色のサテンの布が張り巡らせてあり、所々に取りつけてある、アンティーク調の壁飾りがアクセントとなっていた。一部の壁飾りに値札シールが付いたままなのは……気づかないふりをした方がいいのだろう。
占いは3区画あった。『区画』という通り、それぞれが衝立で仕切られ、きちんとプライバシーに配慮している――っぽい感じではあった。
リュートとセラはそのうちの真ん中、2番テーブルの席へと着く。アスラはリュートの背後に立った。
目の前には白い布が敷かれたテーブル――恐らくは生徒用机2台を向かい合わせにくっつけたもの――があり、その上に立方体の箱が置かれていた。上面に円形の穴が開けられている。
そしてテーブルを挟んだ向かいには、占い師の女子生徒が座っている。こちらは黒いベールをまとっていた。
「それでは占いを始めます――待って!」
占い師の言葉に、セラが箱に伸ばしていた手をびくりと止める。
「早まらないでください。まずはオーラの読み取りからです」
占い師は厳かに告げると、手でなにやら印のようなものを結んだ。
「オーラがあなた方それぞれに向けた啓示を引き寄せます。箱の上に手をかざしてください」
言われるがままに、箱の上へと手をかざす。この時アスラも、リュートとセラの間から手を差し出した。
「それでは、啓示を取り出してください」
まずはセラが、次いでリュートが、箱から折りたたまれた紙片を取り出した。そして、
「あっ」
と言うリュートの声と目線につられ、占い師が教室の壁に目を向けた。
その隙にアスラが、さっと箱から紙片を取り出す。彼女から後ろ手に紙片を受け取りながら、リュートは顔を戻した。
「すみません、なんでもないです」
「……?」
占い師はいぶかしげな顔をしながらも、自身の役割に忠実に動いた。
つまりは受け流して、次の段取りへと進んだ。
「紙を開いて。それがあなた方への啓示です」
(啓示なんてもん、本当にあるなら幻出予測でも立ててほしいね)
我ながらひねたことを思いつつ、紙片を開く。まず目に入ったのは、
『あなたの魂の真影は「光るサボテン」です。総運:踏んだり蹴ったり七転八倒』
(……流行ってんのか? この言い回し)
光るサボテンというのもアレだったがまさかの運気丸かぶりに、リュートは占いというものに対し、初めて底知れぬ不気味さを感じた。
残りは健康運や金運、恋愛運やらがぐだぐだと続いている感じで、リュートはざっと流し読んだ。たとえ信じていなくとも、書いてあれば見てしまうのが人間の性というものだ。
「最高の相性となるタイプは書いてある通りですが、ここでは特別に、この場でおふたりの相性を見てあげましょう」
「あ、いやそれは別にどうでも……」
「いいじゃないですかリュート様」
断ろうとしたリュートを、セラが横から遮った。
「せっかくですし教えてもらいましょうよ。仕事のパートナーとして、どんな感じか」
「まあ、お前がそう言うなら……」