4.ホンモノの定義④ そろそろ潮時だ。
◇ ◇ ◇
「いやー、学祭って楽しいな。ただ串に刺さってるだけの食べ物が、なんでこんなにうまいんだろ」
フランクフルトを胃に収め終えたテスターが、満足げに串を振る。
校舎を日陰とする中庭の一角で、明美たちは模擬店での購入物を食べていた。
腰を下ろしているのが花壇の縁なので、あまり深くは座れないのが玉にきずだが、実をいうと明美は、歩かずに済んでほっとしていた。
とはいえ……
「ねえアルベルト君」
両手で持ったペットボトルを太股の上で傾けながら、明美は遠慮がちにテスターを見た。
「ん?」
「その……食べてばっかりだけど、校内の催し物は見に行かないの?」
テスターは先ほどから、少量の飲食物を買ってきてはここで食べるを繰り返している。もうずっとだ。
明美自身はお茶をちびちび飲んで時間を潰しているが、銀貨は少し物足りなそうだ(渡人に関する彼の質問を、テスターがのらりくらりとかわしているからなのかもしれないが)。
テスターが制服の裾をつまみ、白状するように笑う。
「それがさ、守護騎士の制服着てるとなかなかに暑くって。校内にエアコンついてるわけでもないし。なんだかんだでここが一番暑さをしのげるから、ついな」
「あー。暑そうだもんね、確かに」
「でも僕、夏服と冬服あるって聞いたことあるよ。違いよく分からないけど」
「そうそ。これでも一応夏仕様ってんだから笑えるよ」
笑いで収めて、テスターは持っていた串を手元のごみ袋に入れた。
「さてと。次はなに食おっかな」
まだ食べるのか……
思わず内心で突っ込むと、テスターを挟んで向こう側の、銀貨と目が合った。恐らくは明美と同じことを考えているであろう彼と、苦笑いを交わす。
と、銀貨の顔がかき消える。突然立ち上がったテスターの身体に隠れて。
「幻出だ――それも二重幻出!」
言いながら、腰に左手をやるテスター。と同時に、ブザー音が辺り一帯に鳴り響く。
「幻出です! 中庭から退避してください!」
テスターは声を張り上げると、いつの間にか取り出していたスマートフォンを耳に当てた。誰かと通話しているらしい。
と思ったらすぐに終了した。突然変わったテンポに、明美は完全に置いていかれていた。
銀貨は違ったようで、スマートフォンを胸ポケットにしまうテスターに、むしろ自分のペースに引き寄せるようにしてのんびりと問う。
「今のは龍登君?」
「ああ」
テスターは律義に答え、再度退避勧告を周囲に行った。
自分はどこに逃げればいいのかと思っていたら、テスターがこちらへと身を寄せてきた。
慣れない接近にどきりとするうちにも、彼が耳元でささやく。
「山本と一緒に保健室行ってくれ」
「保健室?」
「楽しみだったのは分かるし責任感は買うけど、そろそろ潮時だ。周囲に感染せば、美談でもなんでもないぜ」
今度は違った意味でどきりとし、明美は一歩下がってテスターを見た。
彼は別段こちらを非難するふうもなく、
「あ、悪いけど、これだけ捨てといてもらえるか?」
と、ごみ袋を明美に渡して、中庭の中央部に走っていった。たぶんそこに鬼がいるのだろう。
「テスター君、なんて言ったんだい?」
興味津々に銀貨が聞いてくる。
これが嫉妬とかであればまだ分かりやすいのだが、銀貨の場合は守護騎士に関することから全ての興味が始まっているので、明美としては少々複雑な気持ちではあった。
「保健室にでも避難しろって」
「えー。せっかく2体同時の排除が見れると思ったのに……」
銀貨が心底無念そうに言うものだから、明美はなんだか申し訳なく思い、
「邪魔にならない所からなら、見ててもいいんじゃないかな」
と指を立てて提案した。
「でもそれじゃあ須藤さんが……」
「私は大丈夫。先保健室行ってるから、後で来てくれるとうれしいな」
火照った頰に気づかれないよう、精いっぱいの笑みを浮かべる。
「……うん! 絶対行くから!――あ、これついでに捨ててくるよ」
銀貨はうれしそうに返すと、明美の手にあるごみ袋を引っつかんで、急ぎ足でテスターの消えた方へ去っていった。
自分で言い出したこととはいえ、即決されるとどこかむなしいものである。
(私ってわがまま……)
しかしこれで気を張る必要もなくなった。
明美は揺れる足取りで、校内へと向かった。
◇ ◇ ◇