4.ホンモノの定義① 待ちに待った襷野祭!
◇ ◇ ◇
夏も本番間近な朝。
張り切って活動を開始しているセミたちの鳴き声が、どこからか教室に入ってくる。
少し前に梅雨は明け、今日も空はとびきり青い。
(もうすぐ夏休みか……)
リュートは窓を通して空を見つめた。
あっという間だ。
襷野高校に入学してからを振り返ると、たった数か月しか経っていないのに、本当にいろいろなことがあった――
「天城君!」
回想シーンに入る前に、叱責するような呼び声が耳に入ってきた。
慌てて視線を声の主に戻すが、焦っていたため一度通り過ぎ、さまよわせてからの注視となった。
リュートの視線を受けた生徒――江山悦子は円陣の中央、机を後ろに寄せた教室の真ん中で、腕組みをして眼鏡をぎらりと光らせる。
「待ちに待った襷野祭! この日のために私たちは、ひとりひとりが全力投球、一丸となって準備してきました。今日はその成果を、観客に見せつけましょう……って話をしてるのに、なんであなたはよりによって、私の真正面で上の空なのっ⁉」
「わ、悪い……」
言い訳の余地もない自分の態度に、さすがに反省の弁を述べるリュート。
「まあいいけど……それじゃあ、スタッフは搬入可能時刻になったら、それぞれ担当の物を運び込んで。主要キャストは衣装着て宣伝に回って。メークはまだしなくていいけど、カツラの類いは忘れずにね」
悦子は自分を囲むクラスメートたちをぐるっと見回した。
最近ではもっぱら、級長ではなく彼女がクラスを取り仕切ることがほとんどだ。
「なにかあったら連絡入れるけど、時間まではひとまず自由時間だから。はい、解散っ」
悦子の号令を受けて、生徒たちが思い思いに散開する。
「リュート様、私たちはどうします?」
「一応二手に分かれるか?」
両隣から、セラとテスターが聞いてくる。テスターが言う『二手』というのには、もちろん彼女も含まれているだろう。
リュートは半歩引いて身体を傾け、後ろにいる彼女を一瞥した。
「そんなの決まってるよ、襷野祭を満喫するの! あたしだけじゃなく、みんなだって学校祭なんて初めてでしょ? だったら思いっきり楽しまなきゃ♪」
アスラがテンション高く拳を振り上げる。
学校祭という閉鎖された環境では、いざというときの自由も利きにくい。テスターが提案する通り、念のためアスラと明美は引き離しておいた方がいいかもしれない。
(こんなのそもそも、学長様に気にかけていただきたい事案だけどな)
アスラの襷野祭見学を認めた辺り、最近のセシルは頭がおかしいとしか思えない。
とはいえアスラの軟禁に異を唱えたのは自分なのだから、強くは非難できないが。
リュートは口を開いた。
「そうだな、取りあえずは――」
「あ」
アスラの間の抜けた声の理由を、リュートはワンテンポ遅れて理解した。
「邪魔」
「……それ言うためだけに殴ったのか? 角崎」
後頭部を押さえながら、半目で振り向く。
「ちょっと小突いただけじゃん。被害妄想激しいんじゃないの?」
凜が鬱陶しそうに鼻を鳴らす。宣伝用のプラカード――恐らくはそれで『ちょっと小突いた』のだろう――を担ぐように持って、自分こそ無駄に邪魔な体勢を取っている。




