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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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3.今日を生きよう、明日を歌おう⑧ またデートしようね

◇ ◇ ◇


「あー、楽しかった!」


 アスラがぐぐっと伸びをする。

 誇張なく心底満足したようで、電車を降りてからこっち、ずっと「楽しかった!」を連呼している。


「ちゃんと下見て歩かないと転ぶぞ」


 転んだところでこの少女なら痛くもないだろうが、リュートは一応警告の声を発した。

 アスラはその言葉には構わず、代わりにきゅっとまばたきを返してきた。


「またデートしようね、リュー君っ♪」

「だからデートじゃ……」


 ようやく口に出してきちんと訂正する機会を得たものの、


(……ま、いっか)


 もはやどうでもよくなり、リュートは言葉をのみ込んだ。

 ふたりが歩いているのは、国道沿いの大きな歩道。

 散々遊んで、街はもうすっかり夕焼け色に染まっていた。(ゆう)()を受けて伸びたふたつの影が、リュートとアスラに先行して道を行く。当然ながら、決して追い抜くことはできない。


(アスラにも影はあるんだな)


 これもまた当たり前だ。地球人に認識できないだけで、彼女は存在して――生きているのだから。

 リュートは、隣を歩くアスラをうかがい見た。彼女はオレンジ色に染まった頰を緩めて、手にした懐中時計を見つめている。


「えへへ」


 本当は帰校してから渡そうと思っていたのだが、()かす彼女に根負けしたのだ。帰路の途中、建物の陰に移動して懐中時計を手渡した。

 地球人からどう見えるのかが気がかりだったが、時計はすぐにアスラの所有認識の(はん)(ちゅう)に組み込まれたようで、彼女が持ち歩いても誰も「時計が浮いている!」などと騒ぎだしはしなかった。空箱の方はゲームセンターの袋に入れられ、今はリュートの右手に提げられている。


「本当にそれでよかったのか? 大きな縫いぐるみとかもあったけど」


 取れるかどうかは別として、リュートは尋ねた。

 すると、


「これ()いいんじゃなくて、これ()いいんだよー」


 懐中時計に頰をすり寄せ、即答するアスラ。


「時計がいいのか?」

「うん! 眠らないからか、あたし、時間の感覚がよく分からないんだよね。今日も明日(あした)もなく、ずーっと今が続いてる感じ」


 アスラは眉根を寄せて、困ったように口の()を曲げる。

 が、すぐに口元を緩めて懐中時計から頰を離した。(りゅう)()のボタンを押して蓋を(ひら)くと、いとおしげに文字盤を眺める。


「でもこれを持っていれば、今日がいつまでなのかが分かる。あたしの中で明日(あした)が生まれる。リュー君と同じ時間を過ごせるの」

「当たり前だろ、同じ時間軸なんだから」

「そうだよ、当たり前。その当たり前が、あたしはすっごくうれしいんだ」


 はにかんだように笑うから、なんだかこっちまで照れくさくなる。

 だからというわけではないが、(あい)(づち)はひどく、ざっくばらんとしたものになった。


「ふうん。そんなもん?」

「そんなもん♪」


 懐中時計を握りしめ、アスラは空を振り仰いだ。()いた口から歌声がこぼれ出す。今日学校で聞いた、明日(あした)を歌うあの歌だ。


「その歌、相当気に入ったんだな」

「うん。リュー君も一緒に歌おうよ」

「俺はパス。歌は苦手だから」


 苦笑いで手を振る。

 アスラは「そーお?」と言うと、歌唱に戻った。

 リュートも空を仰いだ。

 夕焼け空に、アスラの音が解放されていく。主張するような押しつけがましさはないはずなのに、全ての音を押しのけて耳に入ってくる。

 明日(あした)を歌い、生の(よろこ)びを歌う。


(そんなアスラがもし敵性を示したら、俺は斬るんだろうか)


 答えは出てこない。

 答えが出るまで、真っすぐ続くこの道が終わらなければいいのにと、リュートは歌に聴き入りながら考えていた。


◇ ◇ ◇

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