3.今日を生きよう、明日を歌おう⑥ キュピピピピーン
◇ ◇ ◇
「お疲れさま、リュー君」
外へ続く自動ドアを抜け出たところで、アスラがねぎらいの言葉をかけてくる。
リュートは「ああ、ありがとう」と小さく返し、
「階段、気をつけろよ」
と付け加えた。
映画館は複合商業施設の一角、2階部分に併設されていた。土曜日の午後ともなれば、1階へと伸びるエスカレーターや階段を、多くの人が行き来する。視認できないアスラとぶつかって地球人が転落などすれば洒落にもならない。
「大丈夫だよ、よけて歩くのも慣れてきたし。ゲームだと思えば面白いよね♪」
実際楽しそうに身をひねって、通行人をよけるアスラ。
と、突然電池が切れたように、彼女の顔から明るさが消える。
「ねえリュー君。身体の方は大丈夫……かな? あたしがリュー君の神気を、その……」
前髪を垂らしてうつむくその様子から、ずっと気になっていて、でも聞くことができなかったのだと知れた。
「別に大丈夫だぜ。そんな気にするほどのことでもない。女神やグレイガン先生が、神経過敏に言ってただけだろ」
リュートは笑い、
「それより悪いな。なんかいきなりこんなことになって」
表向きは堕神の件でごたごたしたことへの謝罪、裏にアスラの前で堕神を狩った罪悪感を潜ませて、前を向いたままささやいた。
幸いアスラは耳がいいらしく、普通なら聞き取れないような声量でも拾ってくれる。
「リュー君のせいじゃないよ」
アスラはそう言った後、考え込むように後を続けた。
「でも確かに、デートっぽくなくなっちゃったね。もっとちゃんと、っぽいことしなきゃっ」
「いや別に無理にしなくても……ていうかそもそも、デートじゃ――」
「あ!」
アスラがぱんと手をたたく。
「キュピピピピーンと来たよ! デートといえば、ゲーセンで男の子からのプレゼント♪」
「そんな情報、どっからキュピピピピーンと湧き出たんだ……?」
「今朝、学校の女の子たちが話してたよ。おっきい縫いぐるみ取ってもらえてうれしかったって」
「それはあくまで一個人の意見じゃないか?」
「そうかなぁ……? あっ、あーでもそうかも! その子たちが読んでた雑誌のぞき見たんだけど、憧れのデートランキング1位は『タワー高層階のレストランでディナー』だったよ。そっちの方がデートっぽいかな?」
「ゲーセン行こう」
リュートは足を速めた。
◇ ◇ ◇
1階に下りて案内板を見ると、ゲームセンターは存外近く――1階の角――にあった。
解放された出入り口から漏れてくる音を聞きながら、リュートとアスラは店内へと足を踏み入れる。
「わっ、すごい。音のお祭りだぁ♪」
店内に飛び交うゲーム機が発する音に、アスラが目を丸くする。若い男女のカップルが目立つが、家族連れもそれなりにいた。
統一感なく主張し合う音は、多少の雑音ならかき消してくれる。ゲームセンターは、外でアスラと話すには悪くない場所ではあった。
(プレゼントねえ……)
腕に絡みついてくるアスラを連れて、店内を進むリュート。顎に手を当て思案にふける。
(っつっても予算の問題があるからな……)
アスラを十分に満足させるため、リュートはセシルから、なんと6000円もの大金を必要経費として受け取っていた。
しかし電車賃やら映画チケット代やらで、すでに半分以上を使い切ってしまっている。ゲームセンター自体が初体験のリュートに、一体なにが取れるというのか。
(俺でも取れそうなやつは、と……)
リュートは、ひどく消極的な観点で周囲を見回した。
意外だったのは、商品を取るタイプのゲーム機が多種多様なことだった。
挟み込んで商品を持ち上げるタイプのクレーンゲームをイメージしていたのだが――というより、地球人の娯楽文化を紹介する写真として教科書に載っていたのがそれのため、他には知らない――実際には商品の代わりにピンポン球を持ち上げて所定の場所に落とすものや、穴に棒を通したり紐を切ったりなど、さまざまな条件が課されているようだった。
(棒通しタイプなら、集中してタイミングを探っていけば、なんとかいけるか……?)
歩いて回りながら、挑戦機を絞り込んでいると、
「リュー君、あたしあれがいい!」
アスラに腕を引っ張られ、リュートは強制的に身体の向きを変えさせられた。
人にぶつからないよう気をつけつつ、アスラが指し示したゲーム機へと目を向ける。
「……せっかく簡単そうなものもあるのに、よりによってあのタイプか?」
リュートは思い切り顔をしかめた。
見るからに緩そうな、2本爪のクレーンゲーム機。到底取れる気がしない。
しかしアスラは真逆の考えのようだ。元気よくガッツポーズを決め、プラスおまけでウインクひとつ。
「だぁいじょうぶだよリュー君なら! 気合と根性でなんとかなるなるっ♪」
「そんなんでなんとかなるなら、全国のゲーセン潰れてるだろ。無理無理、俺には取れないって」
「えー⁉ でも欲しいよ! 欲しい欲しいっ!」
回れ右しようとするリュートの前に、アスラはすざざっと立ちはだかる。
「あのなあ、ねだればなんでももらえると思うなよ?」
さすがにこれ以上甘やかすのはいけないと、リュートはあえて厳しめに――目立たないよう隅で、ひそひそ声ではあるが――説教を開始した。
「確かに俺らは、自分たちの都合で君の行動を制限している。それについては申し訳ないと思ってるけど、でもだからといって――」
「欲しい欲しい欲しい欲しい言いつけるよ欲しい欲しい欲しい!」
「……さりげに脅しを練り込むとか、やるじゃないか」
その腹黒さ、セラから出てきたせいだろうか。
などと思ってみたりもする。
(……仕方ねえなあ)
「取れなくても文句はなしだからな?」
予防線を張って、リュートはアスラご所望のゲーム機へと向かった。
◇ ◇ ◇