3.今日を生きよう、明日を歌おう④ もぞもぞ
◇ ◇ ◇
映画館に場所を移しても、心の掘削はまだまだ続く。
「いらっしゃいませ」
「あ……っと。シアター6の、14時からの映画をお願いします」
「『散りゆく君への千年恋歌』ですね。席をお選びください」
「ええっと……E―8とE―9で」
「? 2名様ですか?」
「あ、はい」
「なあなあ、前にいるやつって渡人じゃねえか?」
「ほんとだ。へー、渡人も映画とか観るんだ」
「でも恋愛映画をひとりでって相当やべえだろ」
「連れがいるんじゃないの? 2名って言ってたし」
「おひとりさまが恥ずかしくって、いない連れの分まで買っただけかもしんねえぜ」
「うっわなにそれハズい。マジウケるー♪」
◇ ◇ ◇
(マジへこむー……)
組んだ手の上に額を乗せ、リュートはシアター6の座席でうなだれていた。
周囲にいるのは若い男女のカップルや友人グループなどばかりで、見た目ひとりでいるリュートは、恐らく少数派だろう。
そんなの気にする方がおかしいと自分に言い聞かせるも、チケット売り場で散々笑い物にされたのが尾を引いて、この場にいること自体が半端なく恥ずかしい。
さらには、
「リュー君、その体勢つらくない? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫……」
リュートはぼそりと、隣に座るアスラだけが聞き取れるくらいの声量で返した。
身じろぎした拍子に、両膝で挟み込んでいた緋剣が倒れ落ちそうになる。慌てて柄をつかんで緋剣を立て直し、ため息をひとつ。
教室の椅子程度なら帯剣したまま座ることもできるが、劇場の座席ともなるとさすがに無理だ。一時的とはいえ暗がりになるような場所に、緋剣をじか置きするわけにもいかない。
そうなると抱きかかえるか膝で挟み込むくらいしか手はなく、後ろの視界を遮る可能性が――正しくはそれによってクレームが入るのが――怖いリュートは、後者の手段を選択したのだが。
緋剣を膝に挟み込んでまで必死に恋愛映画を観ようとしているみたいで、恥ずかしさも倍増だ。たとえ周囲が、自分が思ったほどにはこちらを注視していなくとも。
自意識過剰な羞恥心にさいなまれていると、ブザーが鳴って照明が落ちた。
「わーい! 映画だぁー!」
声が聞こえないのをいいことに、アスラが歓声をあげる。
リュートはというと、ようやく周囲の目が気にならなくなり、ほっと息をついてスクリーンに目を向けた。リュート自身も映画は初めてのため、実は少し――ジャンルはともかくとして――楽しみではあった。
しかし始まったのかと思いきや、関係ない映画の予告集が延々と流れ続けた。そのため本編が始まる頃には、巨大スクリーンや音響から受ける迫力にも慣れきってしまい、興奮のピークはとうに過ぎ去ってしまった。
一方アスラは興奮が続いているのか、
「わあっ、この女優さんきれいだねえ!」
「左右のスピーカーを使い分けて、位置関係とかも表現してるんだね! すごい!」
などと、引っ切りなしに感想を吐き出している。
こちらは当然声を出すわけにもいかないので、リュートはアスラの感想をおとなしく聞きながら、甘々なストーリーを鑑賞していた。
(……どうせならミステリーとかアクションモノがよかったな)
手を握り合って寄り添う男女のシーンを見届けながら、ぼんやりと思う。
別にこの作品が嫌いだとか、内容を否定したいわけではない。ただ、終始――まだ途中だが、恐らくは終始だきっと――漂うキャラメルソースのように甘い雰囲気が、背中をむずがゆくさせるのだ。
もぞもぞ動きたくなるような感覚を抱えたまま、映画は終盤へ。
――ヒロインは最期の時を迎えようとしていた。
誰もいない海辺で、ただひとり。
しかし命の灯火が消えようとするその時、主人公はヒロインの元へとたどり着く。
彼らはふたりだけの時間を静かに刻み――
――次元がずれた。