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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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3.今日を生きよう、明日を歌おう② リューくーんっ!

 にいっと笑うアスラから視線をそらし、リュートは作業に集中した。大まかな固定が終わり、次は細部の打ちつけだ。


「リューくーんっ!」


 どたどたとこちらに走ってくる音。そして、


「な、なんだっ?」

「ぅわ、今それ勝手に動かなかったかっ?」


 アスラの踏み荒らした跡にさまざまな反応が巻き起こる中、リュートはかたくなに目の前のパネルに集中した。どうせ来るのは分かってはいたが。


「リュー君遊ぼーっ!」

「ちょっ……」


 勢いのまま抱きつかれ、手元が狂う。


「どうした?」

「あ、いや別に」


 顔を上げて聞いてくる俊介に、リュートはなんでもないふうを装った。


「ねー、リュー君ってば」


 リュートの背中に遠慮なく体重を乗せ、アスラが気を引こうとしてくる。

 あらかじめ交わしておいた、地球人の認識レベルに応じた行動――地球人の前でリュートたちに返答を求めない、物を動かさない――を取るという約束もどこ吹く風だ。


(この()知識も常識も十分備わってんのに、なんだってこんな聞き分けが悪いんだっ……)


 リュートは全力で無視して――つまり背中にはなんの負荷もかかっていないという体で――(かな)(づち)を振り上げた。

 しかしアスラは諦めない。


「リュー君リュー君リュー君ってばあぁぁっ!」


 ばきぃっ!


「あ」


 リュートの両肩に手を乗せたまま、アスラが間の抜けた声を上げる。

 自分が押し出したことによりベニヤ板を突き破ってしまった、こちらの頭を恐らくは見て。


「ご、ごめんリュー君、つい力入れちゃって……」

「天城、なにやってんだ……?」


 アスラの弁明に重なるようにして、俊介の戸惑う声が耳に届く。


「いや、別に……」


 血だらけの顔を引き戻しながら、リュートは答えた。


(そういや彼女、途方もない怪力だったな)


 肌に刺さったささくれを取り除き、ため息をつく。

 パネルは補修していた下半分はもちろん、上半分も見事に破壊されている。

 リュートが修復方法を考え直していると、どこからか聞こえてくるものがあった。


「なに? 歌?」


 アスラが目をぱちくりし、耳を澄ます。彼女があまりにも興味深そうな様子だったので、


「この歌、音楽劇部だっけか?」


 本当は知っていたが、アスラに説明するためリュートはあえて俊介に聞いた。


「ああ。俺らと公演時間かぶってるからライバルだぜ」


 にししと笑う俊介。その自信はどこから来るのかと思わなくもない。

 歌声はここ中庭ではない、別の場所から聞こえてきていた。どこかで音楽劇部が練習しているのだろう。数日前も建物のピロティ部分で、赤毛のカツラをかぶった部員が練習しているのを見かけた。


「うわあ、素敵な歌っ。洋楽だね♪」


 耳をそばだてていたアスラが、目を輝かせる。

 明日(あした)を歌う前向きな歌詞は、確かに聞いていて悪い気はしない。

 アスラは相当気に入ったようで、届く歌声に合わせて自分も口ずさみ始めた。

 歌詞は『ラ』だけで、お遊びで歌っているような感じなのに、それがとても――とても心地良く聞こえた。

 心に染み入っていく、いつまでも、ずっと聴いていたくなるような歌声。


「? どしたのリュー君」


 歌い終えたアスラに、不思議そうに見つめられて。

 リュートは初めて、自分が馬鹿みたいにアスラを見ていたことに気づいた。


「いや……君、歌うまいんだな」


 思わず漏らし、はっとして俊介の方をうかがい見る。幸いにして、彼は作業に夢中で、今の言葉に気づいていないようだった。


「ほんと? うれしいっ」


 アスラがにっこり笑い、今度はひとりで歌い始めた。一度聴いて覚えたのか、歌詞を付けて。

 そんなアスラを見て、リュートが思ったことは。


(彼女は……本当に()(しん)なのか?)


 気持ちよさそうに歌うアスラは、ただ歌が好きな少女にしか見えなかった。


◇ ◇ ◇

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