3.今日を生きよう、明日を歌おう① もうへばってんのか?
◇ ◇ ◇
じりじりとした日差しが肌を焼く。まだ夏本番ではないというのに、十分過ぎる熱量がリュートの身体をうだらせていた。
「あっつ……」
手の甲で額の汗を拭い、リュートは周囲を見回した。上半身だけ脱ぎ捨てられた上着が、ベルトを支えにゆらゆら揺れる。
テスト明け初めての土曜日ということもあり、中庭には人があふれていた。皆、翌週に控えた襷野祭の準備に追われている。
「なんだよ天城。もうへばってんのか? 渡人のくせに」
「暑さに渡人もクソもあるかよ」
近くでペンキの刷毛を振るっている佐伯俊介に、八つ当たりも込めて毒づく。
とはいえ、それでなにか変わるわけでもないので、リュートはおとなしくノコギリをひく作業へと戻った。ベニヤ板から生じた木くずが風に舞って、汗ばんだ腕へと付着する。
顔をしかめて木くずを払うと――こんなに舞うならマスクでも着ければよかった――リュートはぶつくさつぶやいた。
「つかなんで俺が大道具の補修しなきゃなんねーんだよ。俺はもう係じゃないってのに」
「お前が壊したからだって聞いたけど」
「鬼が出たんだからしょうがないだろ」
「文句つけてる間に、手を動かした方が早く終わるぜ」
「やってるって」
言うと同時、ベニヤ板を切り落とす。およそ1メートル四方にカットされたベニヤ板を手に、リュートは背後を振り返った。
目の前にあるのは、重しを使って置かれた、大道具のパネル。その下半分の表面は剝ぎ取られ、骨組みである角材がむき出しとなっている。
リュートはそこにベニヤ板を押し当てた。ノコギリから金槌へと道具を持ち替えながら、奥に見える体育館へと目をやる。
解放された側面出入り口の縁にもたれるようにして、テスターが立っている。
「くっそ。テスターのやつ、楽しやがって」
にらみつけながらも、リュートにはそれが的外れな妬みだと分かっていた。別にテスターは楽をしているわけではない。
「ねーテスくーん。テス君ってばー。つまんないよー」
テスターとは反対側の縁にもたれて、アスラがぼやく。
できればアスラを、こちら側へと取り込みたい……というセシルの意向を受けて、テスターは学校へ来たがるアスラの、見張り役を務めていた。
しかしこれが結構な難易度で、遊びたがるアスラをなだめるのに、テスターは苦労しているようだった。なにせアスラは地球人には視認できないため、彼女と普通に話していたら怪しまれる。特に頭を怪しまれる。
だからといって、人気のない所に退避しようとするとアスラが嫌がるようで、テスターは度々、傍目には不審な動きでアスラを押しとどめていた。
今もまた、ため息をつきながらアスラの手をつかんで引き戻している。
(……やっぱあれよりはマシか)
文句を言うのは贅沢だ。
リュートは自身の役割を不承不承受け入れ、地面に置かれたケースから釘をつまみ取った。金槌を振るって、ベニヤ板を角材に打ちつけていく。
「アルベルト君、ちょっといいー?」
体育館の中から、テスターを呼ぶ声。声の主は恐らく江山悦子だ。
体育館の舞台は今の時間帯、リュートたち1年1組に割り当てられている。せっかく舞台が使えるのだからと、悦子は今朝から張り切って劇練を指揮していた。もうすぐリュートも、出番が来て呼ばれるだろう。
キャストではないテスターが呼ばれたということは、たぶん大道具関連の用事だ。
「なんだ? 今行く」
答えつつも、迷っている様子のテスター。
(……そうか。体育館には今、須藤がいるから)
この自由には動けない環境の中、アスラをなるべく明美に近づけたくはないのだろう。
――などと、ベニヤ板の打ちつけ具合を確認しながら見守っていたら、なんとテスターはアスラをつつき、興味を誘導するようにこちらを示してきた。
(おい!)
リュートは慌ててテスターをにらんだ。
しかし彼は手ぶりと口パクで「悪い」とだけ言うと、さっと身を翻して体育館に入っていってしまった。
行き場をなくしたリュートの視線は、そのまま――うっかり――アスラと絡まった。
(やべっ……)