閑話.彼女の気遣い⑤ な、なんのことかなっ?
「ま、まあ無事ならそれでよかった……」
「リュー君……あたしを心配して、追いかけてくれたんだ……」
アスラは感極まったように口を引き結ぶと、
「うれしいっ!」
感情のままに、がばっと抱きついてきた。
「ぐぉっ……⁉」
きしむ肋骨。潰れる肺。
倒れることだけはなんとか踏みとどまるが、突いた片膝は今にもくじけそうだ。
しかしアスラは気づかないようで。
「リュー君リュー君、あたし優しいリュー君がやっぱ好き! 離れてるのは寂しいよぉっ!」
「アズラやめっ――ぐ、ぐるしっ……」
このままだと魂の方から先に離れてしまいそうで、リュートは潰れた身体から必死に声を絞り出した。
清涼な朝の空気の中、そこそこ生死関わるやり取りをしていると。
「ちょっとなにやってるの⁉」
ヒステリックな声とともに、誰かがアスラの身体をつかむ。
「離れなさい! あなたは怪力なんだから、お兄ちゃんが圧縮されちゃうでしょ!」
アスラを引き剝がすことはできずとも、その言葉は彼女を動かすことに効果を発揮したらしい。アスラが慌てて飛びのく。
「わわっ。ごっ、ごめんねリュー君!」
「あ、ああ……」
呼吸を整えるように、拳で軽く胸をたたく。
「というかふたりは、こんな所でなにやってるのよ? お兄ちゃんに至っては、まだ寮に引きこもってる時間でしょ。なんで無駄に体力消費してるのよ?」
リュートからアスラを引き離した人物――セラが腰に手を当て、なぜだか叱るように言ってくる。
「なんとなく散歩したい気分だったんだよ」
リュートはよろよろと立ち上がりながら答え、今度は自分が聞く立場へと転じた。昨日から続く、アスラに対する違和感へと踏み込む。
「アスラ、一体どうしたんだ? なんで俺を避ける?」
アスラが神妙な顔で、こちらを見つめる。
「……あたし、リュー君を護りたくて……あたしがリュー君の神気を奪ってるから、リュー君消耗してるんでしょ?」
「なに言ってるんだ?」
リュートはきょとんとしたまなざしを返した。
「前にも言っただろ。 俺は別に消耗なんて――」
「疲れてるのは事実でしょ」
こちらの否定を、セラが強引に上書きする。
「お兄ちゃん、ここのところずっと元気ないじゃない。アスラに神気を分けてるからじゃないの?」
妹らしいといえば妹らしい着眼点に、リュートは、
「お前なあ……」
ひくつくこめかみを押さえながら、言う。
「確かに最近疲れてるけど、それはテスト勉強で疲弊しただけだ」
「え?」
本気で予想外という顔をするセラに、心を込めて半眼を向ける。
「あんな拷問みたいなテスト週間、元気に乗り切れって方が無理だろ」
「そ、そうかしら……?」
「そうだよ」
「あら。あ、あははは……」
アスラと同じような空笑いをするセラ。
「そういえば、アスラはこいつから出てきたんだったな」などとどうでもいいことを考えつつ、リュートはアスラにもあきれた目を向けた。
「そんなこと気にしてたのか、君は」
「そんなことって! リュー君の身体のことだよ⁉」
アスラはつかみかからんばかりの勢いで迫ってくるが、
「まあそうだけど……でも見たところ、君は君で疲弊してるじゃないか」
「な、なんのことかなっ?」
指摘をするとあっさり身を引いた。
はあ、とセラからため息が漏れる。妹だって気づいているはずだ。丸1日、アスラと一緒にいたのなら。
「どうにもあなた、誰彼構わず神気を吸えるってわけじゃないみたいね」
「それは、えと……」
口ごもるアスラ。ここが機だとリュートは続けた。
「どうしてそんな差が生じるのか、理由は分からないが……それならやっぱり、ひとまずは俺の神気が必要だろ?」
「でも……」
「心配だわ。お兄ちゃん、無理して神気を与えそうで」
アスラから一転、今度はまたリュートへの気遣いを見せるセラ。
せわしない妹に苦笑が漏れる。
「俺はそこまでお人よしじゃない。自分の身くらい、自分で管理できるさ」
「じゃあ……じゃああたし、リュー君のそばにいてもいいの?」
「ああ。だけど多少、加減はして――」
「うれしいっ!」
「ぃぎ⁉ だっ、だから加減はしてくれってっ……」
体重の観点で見れば、地球人と変わらない重さをもつアスラは、リュートたち神僕よりよっぽど存在感があるといえた。そしてその存在感は、リュートにとって死活問題ともいえる。
「大好き大好きだーい好きっ♪」
「やめっ……セラ助けっ……」
「だからちょっと! お兄ちゃんから離れなさいってばぁ!」
すがすがしい朝に、少年少女の喚声が響く。
◇ ◇ ◇




