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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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閑話.彼女の気遣い④ 素直に羨ましい。

◇ ◇ ◇


(だから、よろしくされたくなかったんだ……)


 噴霧器のタンクを右肩に担いで、リュートはすね気味に歩を進めていた。

 無論意味もなく歩いているわけではない。ゴーグル・マスクを着用し、手には噴霧器のノズルを構え、薔薇(ばら)の生け垣に薬剤散布を行っているのだ。

 世界守衛機関(WGO)本部棟に設置されている屋上庭園は、心安らぐ憩いの場となっている。手入れもきちんと行き届いており、地球人に自慢できる、数少ない娯楽物のひとつである。

 そんな美しい庭園を維持するためなら、くそ眠い早朝から活動することだっていとわない――


(わけねーし)


 自分をだますこともできず、嘆息する。


(ったくセラのやつ。なにが『なんとかする』だよ。もろともに自爆してんじゃねーか)


 しかもである。どうもセラの方は、リュートとテスターを処罰から(まも)れたと思い込んでいるらしい。そんな状況だから、文句を言う機会すら逸してしまった。

 庭園の手入れは、仲間の任務放棄を看過した罰として重いのか軽いのか。ちなみに同じ立場であるはずのテスターは、(たすき)()高校の早朝(しょう)(かい)を理由に処罰を免れていた。素直に羨ましい。

 この季節に返り咲いた薔薇(ばら)が、多少は視界を楽しませてくれるのが、まあ救いといえば救いなのかもしれない。

 リュートは、小ぎれいに(せん)(てい)された葉にやさぐれたまなざしを向けつつも、一応は丁寧な散布を行っていった。

 庭園の端まで来たところで、


(……ん?)


 庭園を抜けた先に人影を見つけ、目をすがめる。人影は見知ったものだった。


(アスラ?)


 彼女は屋上の(へり)に腰掛け、澄んだ空を見上げていた。

 アスラは要注意者だ。動向には気を配るべきだろう。

 ……という正当な理由は正直どうでもよくて。

 リュートはタンクを地に下ろすと、ゴーグルとマスクを外して足を踏み出した。薔薇(ばら)ではなく、アスラの元へと向けて。正当な理由ではなく、個人的な理由で。

 なんとなく、昨日(きのう)の彼女の様子が気になっていたのだ。

 首元で揺れるゴーグルに(わずら)わしさを感じつつ、マスクはポケットにしまいながら、歩を進める。

 アスラはすぐにこちらに気づいた。はじけるように立ち上がると、朝日に輝く銀髪を跳ねさせ、


「リュー君! わぁうれしいっ♪ こんな所で会え――」


 はたと口をつぐむ。その目は自分の失態を後悔するかのように、動揺に揺れていた。


「アスラ?」

「来ちゃ駄目!」


 言葉というよりは、彼女の顔からにじみ出る気迫に()され、足が止まる。


「駄目だよリュー君、来ちゃ駄目!」

「なんでだよ?」

「なんでも! あたしリュー君を(まも)りたいの! だから――」


 直前の切迫感から一転、アスラの顔から力が抜ける。

 ぐらりと傾く彼女の身体(からだ)


「はれっ?」

「ちょ、おいっ⁉」


 リュートが飛び出した時にはもう遅かった。彼女の姿が視界から消える。


「アスラ!」


 リュートは舌打ちをして、近くの(へり)から身を躍らせた。

 世界守衛機関(WGO)本部棟をはじめとする(わたり)(びと)の施設は、壁部に多くの凹凸を備えた造りとなっている。もちろん()(しん)を速やかに排除するためだ。

 皮肉というべきなのか、今は()(しん)である少女を気にかける過程で、この凹凸が役立っている。

 突起や手すりに指を絡めるようにして、小さな飛び降りを重ねていきながら、リュートは焦る自分に言い聞かせた。


(アスラは()(しん)だ。落ちたくらいで死ぬとも思えない)


 実際、すでに落下を終えたアスラは地面に倒れてはいるものの、目立った損傷はないように見える。


(っつっても、通常の()(しん)と違って重力に従う以上、なにかしらの衝撃はあるはずだ)


 結局は焦燥感へと回帰して、地面へと急ぐ。

 残り数メートルを一気に飛び降り、リュートはアスラに駆け寄った。


「アスラ、大丈夫か⁉」

「う、うん……」


 アスラが、なにかを払い落とすように首を振りながら、身を起こす。リュートと目が合うと、彼女は頭に手を当て舌を出した。


「あはは、うっかり落ちちゃった」

「うっかりって……」


 それだけで済まされてしまい、改めて、アスラが特殊な少女なのだと認識させられる。彼女は擦り傷ひとつ負っていなかった。

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