閑話.彼女の気遣い③ それが兄を護ることにつながるのだ。
◇ ◇ ◇
(おかしいわね……)
翌朝の食堂。
再びアスラと席を共にしながら、セラはいぶかった。
(これだけ一緒にいるのに、全く異常を感じない……)
昨日は襷野高校を欠席してまで、丸1日アスラと行動を共にした。なのにセラの身体にはいまだに、平常を上回る疲労は訪れていない。
セラは食後のコーヒーを1口すすると、カップを置いて視線を落とした。テーブルの上にある2枚の皿。提供する物を失い、今はもうなにも載せていない。1枚はセラが、もう1枚はアスラが皿上の提供物――トーストを胃に収めた。
アスラに、通常の意味での食事は必要ない。どれだけ食べても糧とはならないからだ。
しかしセラたちと同じスタイルでいたいと、こうして一緒に食事を取ったりはする。
(ほんと、トーストで生命を維持してくれるなら、どれだけありがたいか)
睡眠だって同様だ。アスラは眠らない(というより眠れない)らしいが、ではなにを代わりにして休息を得ているのか。自分たちは気づかぬうちに、彼女になにかを奪われているのではないのか……
そうやって、ひとつひとつの不安要素に気をもっていかれるのが鬱陶しい。
(だけど――いえ、だからこそ、私がしっかり見極めなきゃ……)
結局のところ、それが兄を護ることにつながるのだ。
「どうしたのセラちゃん?」
テーブルを挟んで、きょとんとした顔を向けてくるアスラ。セラは口を濁して探りを入れた。
「いえ別に……ただ神気を分けている割には、あまり疲れないものだから……」
「なぁんだ、それっていいことじゃん♪ セラちゃんハッピー、あたしもハッピー★ ね?」
(羨ましいくらいにお気楽ね)
頰杖を突き嘆息する。こちらは必死に答えを探しているというのに。
対するアスラは、リンゴジュースを一息に飲み干して、呑気に笑う。
「昨日は楽しかったなー、1日中セラちゃんが遊んでくれて。また遊ぼーね♪」
「しばらくは無理かしらね」
セラは渋面をつくって視線をスライドさせた。テーブルの脇に立てかけてある、洗車道具を捉えたところで目が留まる。
高校の独断欠席への処罰内容は、早朝からの洗車であった。アスラは手伝いを申し出てくれたが、助力を得ては処罰にならない。
(面倒だけど、自業自得だものね……)
登校前の洗車とは、なかなかにきつい罰だった。高校の欠席について、事前に許可を求めていたらまた違ったのかもしれないが……
あの腐った学長が許可してくれるとも思えなかったし、独断実行の方が兄たちを巻き込まずに済むかもしれないと思い、結局、上には無断で欠席した。であればまあ、このきつさも仕方ない。むしろ処罰(されること)のエキスパートである兄いわく、これくらいじゃ生ぬるいらしいが。
「守護騎士の出動車を洗うんだよね? あたしも手伝うよ♪」
「だからそれじゃあ処罰にならないでしょ。あなたは部屋にでも戻って、おとなしくしてなさい」
「えー。毎晩ひとりで時間潰してるんだよ? もう部屋は飽きちゃったよぉ」
「わがまま言わないの」
「でもでも、あたしセラちゃんと一緒に洗車した――」
ぶつりと途切れる言葉。
言葉を止めたのはアスラだが、どうにも彼女の意思ではないようだった。
アスラの顔が身体ごとかしぎ、はっと慌てたように目を見開く。
「どうしたの?」
「あは、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい。セラちゃんの言う通り、今日はおとなしくしてようかな」
アスラは大袈裟なくらいの笑い声を上げると、席を立って足早に食堂を出ていった。
その背を見送りながら、セラは。
(あの娘……)
気づきたくなかった事実に気づいて、思い切り顔をしかめていた。
◇ ◇ ◇