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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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閑話.彼女の気遣い① 私がしっかりしないと。

◇ ◇ ◇


 ガタンゴトンと、規則正しいようでいて不規則な揺れ。それにあらがおうと、セラはつり革を強く握り直した。

 今日はいつもより電車の揺れが激しく、身体(からだ)もいっそう翻弄される。こんな時は、(わたり)(びと)の軽体重を羨む地球人は馬鹿じゃないかとつくづく思う。


(存在感が足りてる方が、よっぽどうれしいことだと思うけど)


 たとえこの世界で生まれたとしても、(しん)(ぼく)の存在感が足りることはない。

 それは世界そのものに拒絶されているようなもので、突き詰めて考えていくほどに、落ち着かない気分にさせられていく。


(まあ今更、そんなことに悩む年でもないけれど)


 しょぼくれた(ねた)みは脇へと追いやり、セラは隣に視線を転じた。

 兄が自分同様つり革につかまり、その身を揺らしている。地球人に難癖をつけられないようにするためか、いつもは背筋を伸ばしたたたずまいなのだが、今日の兄は身の置き方が心もとない。

 やや前傾気味の体勢で、焦点の合わない瞳を揺らしている。あと少しでまぶたが下りてしまいそうだ。


(やっぱり……)


 セラは確信した。苦々しい思いとともに。


(私がしっかりしないと。あの()から(まも)らないと)


 うつらうつらとする兄を前に、決意を固めていると――

 ガタンッ! と大きく電車が揺れた。


「きゃっ……」


 不意を突かれて、身体(からだ)がバランスを崩す。たたらを踏みかけたところで、左腕をガシッとつかまれた。


「大丈夫か?」


 なんともなさげにリュートが聞いてくる。一瞬前まで(もう)(ろう)としていたとは思えないほど、俊敏な動きだった。


「は、はい……ありがとうございます」


 セラはどぎまぎしながら礼を言った。じっと見ていたから、妙な後ろめたさを感じてしまう。

 どうやら見られていたことには気づいていないようで、リュートは手を離すと姿勢を正し、窓の外へと顔を向けた。

 が、すぐにまた舟を()ぎ始める。よほど疲れているらしい。


(このままじゃいけない……私がお兄ちゃんを(まも)らなきゃ……)


 休息に飢えている兄の横で、セラは再度決心した。


◇ ◇ ◇


 固めた決意を意気込みだけで終わらせないためには、行動が必要になる。

 だからセラは今、第2食堂の前(ここ)にいる。

 早朝の食堂は仕込み時間に当たるため、原則として利用不可だ。しかしセラ・リュート・テスターの3人は、任務のため特別に、早朝利用が許可されている。

 扉を押し開けると、がらんとした光景が目に入った。薄暗く人がいないというだけでここまで殺風景な印象を受けるのは、混雑が前提の場所だからだろうか。


(まあ別に、本当に無人ってわけでもないけれど)


 セラは視線を、食堂の隅へと動かした。その一角だけはいつも、セラたちが先んじて利用するから明かりがついている。今もわずかな照明が、ひとりの先客を照らしていた。

 先客――アスラはこちらに気づくと、殺風景も吹き飛ばす元気を投げつけてきた。


「あ、セラちゃん! おっはよーっ♪」


 彼女がブンブンと右手を振るのに合わせて、外はねロブの銀髪も陽気に揺れる。

 セラは曖昧に手を振り返して、アスラの元へと向かった。

 対面に座すと、彼女はなにがそんなに楽しいのか、るんるんと聞いてきた。指を組み合わせた両手に顎を預けながら、


「今日はいつも以上に早いねえ。どうしたの?」


 アスラの熱のあるテンションを冷やすかのように、セラは端的に用向きを述べた。


「あなたに話があって」

「ほんと? うれしい!」

「そんなにウキウキされても困るけど。大事な話よ」

「分かった、ちゃんと聞くから安心してっ」


 きりっと顔を切り替えて、アスラ。『ちゃんと』したというアピールなのか、手を引っ込めて背筋も伸ばしている。

 セラは「ありがとう」と言うと、声を潜めて後を続けた。


「話っていうのは、あなたの体質のことなの」

「体質?」

「あなたは自分の意志にかかわらず、(しん)(ぼく)(しん)()を吸ってしまう……そうだったわね?」


 途端、アスラの表情が曇る。


「……うん」

「それをやめろだなんて()(ちゃ)は言わないわ。だけどお兄ちゃんの(しん)()ばかりを奪うのは、やめてほしいの。このままじゃお兄ちゃんがっ……」


 思った以上に語気が荒くなり、いったん口を閉じる。

 感情の波を抑えるため、そしてある人物への警戒も兼ねて、セラは周囲に目を配った。まだ来訪の気配がないことを確認し、さらに声を潜ませる。


「お兄ちゃんは、明らかに疲弊しているわ。このままじゃ、いつか倒れてしまうかもしれない」

「! そんなの嫌! あたし嫌だよっ!」

「ちょっ、ちょっと抑えてっ……」


 切実な悲鳴を上げるアスラを、セラは身を乗り出してなだめた。そのまま、言い含めるように続ける。


「私だって嫌よ。だからしばらくは、できるだけお兄ちゃんに近寄らないで。必要なら、私の(しん)()を分けてあげるから」

「でもそれじゃあ、今度はセラちゃんが――」

「安心して。私はお兄ちゃんほどお人よしじゃないから、自分の身を危険にさらしてまで(しん)()を分けたりはしない。危なくなる前に対処するわ」


 きっぱり言い切ると、アスラはうつむき押し黙った。しばしの間を置き、上目遣いで聞いてくる。


「……それが、リュー君のため?」

「ええ」

「……分かった。あたし我慢するっ!」


 決死の覚悟とでもいうように、両拳を握るアスラ。


「ありがとう。それじゃあ、早速で悪いけど――」


 セラは再度礼を言い、物音がする食堂の入り口へと目をやった。


◇ ◇ ◇

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