2.期末テストの難⑩ ――不正解!
◇ ◇ ◇
「じゃあ次、第39番――不正解!」
「第82番――不正解!」
「――不正解!」
「――不正解!」
「――ふせ――」
「は? ちょっと待――ひぎっ……⁉」
「あ」
「まら……答へて……ねえらろ……」
「んもう、お兄ちゃんがリズムよく答えないからっ……」
「なんらそれは……」
「いいから、ほら次!」
「はひ……」
こんな調子で、セラは宣告通りどんどん問いを重ねていった。
古文に日本史、世界史、地学。
かなりの知識を(強制的に)蓄えたところで。
「な、なあ……少しきゅーけい、しよーれ……」
ろれつどころか目の焦点まで怪しい状態で、リュートはテーブルに突っ伏した。鏡面加工されたピカピカのテーブル表面を、泣きそうな顔で見つめていると。
「なに言ってるのよお兄ちゃんっ!」
まさに眼前をセラの手が通り過ぎ、バンッとテーブルの表面をたたいた。
「まだ生物や地理も残ってるでしょ⁉ 弱音を吐くにはまだ早いわよ!」
「あと少しすれば、よわれすら吐けなくらっれると思う……」
「あの……セラ? さすがにこれ以上は、リュートがかわいそうなんじゃないか? 万が一頭をやられたら、テストどころじゃないだろう?」
黙々と――ひとり蚊帳の外なのをいいことに――勉強していたテスターが、ようやく振り返って助け船を出してくれる。
あっさり無視するのかと思いきや、セラは思案するように顎先に指を当て、
「……確かにそうね。ないとは思うけど、もし著しい恐怖体験になってしまえば、脳も萎縮してしまうだろうし……それじゃあ、少し休憩ね」
ぱんぱんと手のひらを打ち鳴らした。
「やっら……きゅーけい……」
涙をぼろぼろ流す心地で、リュートは神――女神ではない。絶対にない――に感謝した。
目を閉じ、安らぎのある心象風景を思い描く。
青い空に白い雲。吹き渡る風が、一面の草原をなでていく。
そこに存分に浸り込もうと――
「じゃじゃーんっ! よーやく完成しましたぁーっ!」
がらがらがっしゃーん、と心象風景が砕け散る。
「な、なんだ……?」
目を開けて上体を起こすと、ばらばらになった情景をさらに細かくぶち砕くようにして、アスラが視界に飛び込んできた。
「お待たせお待たせー! アスラお手製、フォーチュンクッキーでーすっ!」
言いながらアスラは、両手に抱えていた大皿とピッチャーを、テーブルの上にどんと置いた。
(そういや『みんなの応援食を作る!』とかっつって、ずっとキッチンにこもってたな)
ぐいぐい押すように隣に座ってくるアスラを見て、思い出す。自分のことに手一杯で、すっかり忘れてしまっていた。室内に充満する甘い香りにも気づかないくらいに。
「へえー、おいしそうじゃん」
真っ先に食いついてきたのはテスターだ。椅子をきしませ腰を上げると、こちらまでやって来て空いている場所――リュート・アスラとセラの間に当たるテーブルの横側――へと座り込んだ。
「確かに見た目はおいしそうね……」
皿に盛られた双葉型のフォーチュンクッキー――色合いからしてバター味とストロベリー味だろうか。2色ある――を、セラが悔しげに見下ろす。
「でも大事なのは中身――」
「はいセラちゃん♪」
セラの言葉はぶつりと途切れた。アスラの手により、クッキーを口に押し当てられて。
間近で見つめ合うセラとアスラ。
セラはぱきんとクッキーを嚙み切り、むき出しになったおみくじを指で引き出した。残ったクッキーはそのまま口に入れて咀嚼し、
「……おいしい」
渋々といった様子で認める。
「やった! セラちゃんに褒められたっ♪」
「別に褒めたわけじゃないわよ」
諸手を挙げて喜ぶアスラに、セラはしつこく釘を刺す。
「私の知識をもとにしてるのに、なんで私より上手なのよ……」
彼女は手元のおみくじを開きながら、またもやぶつぶつとつぶやいている。
セラに認められたことでさらなる自信がついたのか、アスラは勢いづいていく。
「さあさあ、リュー君もテス君も食べて食べてっ♪」
「じゃあ遠慮なく」
テスターはアスラの手からクッキーをひとつ受け取り、ぱきっと折っておみくじを広げた。
「お、『努力が認められるでしょう』だってさ。こりゃ今回のテストは楽勝かな」
「お前はいつも楽勝だろ」
嫉妬のこもったまなざしでテスターを見据えると、リュートもアスラから受け取ったクッキーをふたつに割った。
開いたおみくじから出てきた言葉は――
『踏んだり蹴ったり七転八倒』
「あちゃー、リュー君ハズレだね」
横からのぞき込んでくるアスラに、リュートは静かに言葉を返した。
「……仮にも応援食なのに、なんて残酷なこと書くんだよ。いやそりゃ別に、気にはしないけどさ」
「だっていいことばかり書いてもつまらないよ。全部ひっくるめて楽しまなきゃ♪」
「今の俺にそんな余裕はないんだ」
はあと漏れ出た息の代わりに、クッキーの欠片を口へと放り込む。
「……ああ、確かにおいし――」
おいしいと言おうとして、口をつぐむ。
粘膜に染み入る刺激に、顔の筋肉がこわばる。
全身をぶるぶると震わせ始めたリュートに、テスターが怪訝なまなざしを向けた。
「どうしたリュート?」
「あれ? もしかして……やっぱ駄目だった?」
ひとしずくの汗を垂らすアスラ。
「駄目って?」
セラが問うと、アスラは皿からピンク色のクッキーをつまみ取った。
「んー。シル君のアドバイスを参考に、リュー君をバリバリ励ませる、特別バージョン激辛クッキーを焼いてみたんだけど――」
そこが限界だった。
リュートはバッとテーブル上のピッチャーをつかみ、両手で抱え上げるようにして本体を傾けた。注ぎ口から琥珀色の液体が流れ出て、口内に向かって落ちてくる。
それをごくごくと必死に喉奥へと流し込み――
「あ、そっちはシル君直伝の『劇的眠気覚ましジュース・甘口』なん……だけど」
「★◎□▼◇⁉」
ピッチャーをテーブルにたたき置き、喉に手を当てもだえ苦しむ。アスラがなにか言い、セラが怒鳴っているようだが、もはや聞き取る余裕もない。
散々苦しみ抜いたところで。
「あのクソおやり……いつかハバネロ煮詰めれ口にぶっ込んれやる……」
ぜえはあと息をし、涙ながらに決意する。
そして後日――このような踏んだり蹴ったり七転八倒な環境が、皮肉にもなぜか功を奏して期末テストを乗り切れたことに、リュートはしばらくの間むなしい達成感を抱えることとなったのだった。
◇ ◇ ◇