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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
234/389

2.期末テストの難⑩ ――不正解!

◇ ◇ ◇


「じゃあ次、第39番――不正解!」

「第82番――不正解!」

「――不正解!」

「――不正解!」

「――ふせ――」

「は? ちょっと待――ひぎっ……⁉」

「あ」

「まら……答へて……ねえらろ……」

「んもう、お兄ちゃんがリズムよく答えないからっ……」

「なんらそれは……」

「いいから、ほら次!」

「はひ……」


 こんな調子で、セラは宣告通りどんどん問いを重ねていった。

 古文に日本史、世界史、地学。

 かなりの知識を(強制的に)蓄えたところで。


「な、なあ……少しきゅーけい、しよーれ……」


 ろれつどころか目の焦点まで怪しい状態で、リュートはテーブルに突っ伏した。鏡面加工されたピカピカのテーブル表面を、泣きそうな顔で見つめていると。


「なに言ってるのよお兄ちゃんっ!」


 まさに眼前をセラの手が通り過ぎ、バンッとテーブルの表面をたたいた。


「まだ生物や地理も残ってるでしょ⁉ 弱音を吐くにはまだ早いわよ!」

「あと少しすれば、よわれすら吐けなくらっれると思う……」

「あの……セラ? さすがにこれ以上は、リュートがかわいそうなんじゃないか? 万が一頭をやられたら、テストどころじゃないだろう?」


 黙々と――ひとり蚊帳の外なのをいいことに――勉強していたテスターが、ようやく振り返って助け船を出してくれる。

 あっさり無視するのかと思いきや、セラは思案するように顎先に指を当て、


「……確かにそうね。ないとは思うけど、もし著しい恐怖体験になってしまえば、脳も萎縮してしまうだろうし……それじゃあ、少し休憩ね」


 ぱんぱんと手のひらを打ち鳴らした。


「やっら……きゅーけい……」


 涙をぼろぼろ流す心地で、リュートは神――女神ではない。絶対にない――に感謝した。

 目を閉じ、安らぎのある心象風景を思い描く。

 青い空に白い雲。吹き渡る風が、一面の草原をなでていく。

 そこに存分に浸り込もうと――


「じゃじゃーんっ! よーやく完成しましたぁーっ!」


 がらがらがっしゃーん、と心象風景が砕け散る。


「な、なんだ……?」


 目を()けて上体を起こすと、ばらばらになった情景をさらに細かくぶち砕くようにして、アスラが視界に飛び込んできた。


「お待たせお待たせー! アスラお手製、フォーチュンクッキーでーすっ!」


 言いながらアスラは、両手に抱えていた大皿とピッチャーを、テーブルの上にどんと置いた。


(そういや『みんなの応援食を作る!』とかっつって、ずっとキッチンにこもってたな)


 ぐいぐい押すように隣に座ってくるアスラを見て、思い出す。自分のことに手一杯で、すっかり忘れてしまっていた。室内に充満する甘い香りにも気づかないくらいに。


「へえー、おいしそうじゃん」


 真っ先に食いついてきたのはテスターだ。椅子をきしませ腰を上げると、こちらまでやって来て()いている場所――リュート・アスラとセラの間に当たるテーブルの横側――へと座り込んだ。


「確かに見た目はおいしそうね……」


 皿に盛られた双葉型のフォーチュンクッキー――色合いからしてバター味とストロベリー味だろうか。2色ある――を、セラが悔しげに見下ろす。


「でも大事なのは中身――」

「はいセラちゃん♪」


 セラの言葉はぶつりと途切れた。アスラの手により、クッキーを口に押し当てられて。

 間近で見つめ合うセラとアスラ。

 セラはぱきんとクッキーを()()り、むき出しになったおみくじを指で引き出した。残ったクッキーはそのまま口に入れて()(しゃく)し、


「……おいしい」


 渋々といった様子で認める。


「やった! セラちゃんに褒められたっ♪」

「別に褒めたわけじゃないわよ」


 (もろ)()を挙げて喜ぶアスラに、セラはしつこく(くぎ)を刺す。


「私の知識をもとにしてるのに、なんで私より上手なのよ……」


 彼女は手元のおみくじを(ひら)きながら、またもやぶつぶつとつぶやいている。

 セラに認められたことでさらなる自信がついたのか、アスラは勢いづいていく。


「さあさあ、リュー君もテス君も食べて食べてっ♪」

「じゃあ遠慮なく」


 テスターはアスラの手からクッキーをひとつ受け取り、ぱきっと折っておみくじを広げた。


「お、『努力が認められるでしょう』だってさ。こりゃ今回のテストは楽勝かな」

「お前はいつも楽勝だろ」


 嫉妬のこもったまなざしでテスターを見据えると、リュートもアスラから受け取ったクッキーをふたつに割った。

 (ひら)いたおみくじから出てきた言葉は――


『踏んだり蹴ったり七転八倒』

「あちゃー、リュー君ハズレだね」


 横からのぞき込んでくるアスラに、リュートは静かに言葉を返した。


「……仮にも応援食なのに、なんて残酷なこと書くんだよ。いやそりゃ別に、気にはしないけどさ」

「だっていいことばかり書いてもつまらないよ。全部ひっくるめて楽しまなきゃ♪」

「今の俺にそんな余裕はないんだ」


 はあと漏れ出た息の代わりに、クッキーの(かけ)()を口へと放り込む。


「……ああ、確かにおいし――」


 おいしいと言おうとして、口をつぐむ。

 粘膜に染み入る刺激に、顔の筋肉がこわばる。

 全身をぶるぶると震わせ始めたリュートに、テスターが()(げん)なまなざしを向けた。


「どうしたリュート?」

「あれ? もしかして……やっぱ駄目だった?」


 ひとしずくの汗を垂らすアスラ。


「駄目って?」


 セラが問うと、アスラは皿からピンク色のクッキーをつまみ取った。


「んー。シル君のアドバイスを参考に、リュー君をバリバリ励ませる、特別バージョン激辛クッキーを焼いてみたんだけど――」


 そこが限界だった。

 リュートはバッとテーブル上のピッチャーをつかみ、両手で抱え上げるようにして本体を傾けた。注ぎ口から()(はく)(いろ)の液体が流れ出て、口内に向かって落ちてくる。

 それをごくごくと必死に喉奥へと流し込み――


「あ、そっちはシル君直伝の『劇的眠気覚ましジュース・甘口』なん……だけど」

「★◎□▼◇⁉」


 ピッチャーをテーブルにたたき置き、喉に手を当てもだえ苦しむ。アスラがなにか言い、セラが怒鳴っているようだが、もはや聞き取る余裕もない。

 散々苦しみ抜いたところで。


「あのクソおやり……いつかハバネロ煮詰めれ口にぶっ込んれやる……」


 ぜえはあと息をし、涙ながらに決意する。

 そして後日――このような踏んだり蹴ったり七転八倒な環境が、皮肉にもなぜか功を奏して期末テストを乗り切れたことに、リュートはしばらくの間むなしい達成感を抱えることとなったのだった。


◇ ◇ ◇

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