2.期末テストの難⑨ 分かる。分かるぞ俺は。
◇ ◇ ◇
「9割5分ぅ? お前それはちょっと、見栄張り過ぎなんじゃないか?」
「セラに言えよ」
茶色く染まった古文の問題集――以前諸々の事情でコーヒー牛乳を引っかぶった――に目を落としながら、リュートは八つ当たり気味にテスターに返した。
テストが目前に迫っているので、今日も今日とて、アスラの部屋として固定化されたゲストルームで、みんなで仲良く(?)勉強会だ。襷野高校の試験期間中は訓練校の補習もないので、夕食後はめいっぱい勉強できる……現状唯一の救いがそれというのも、むなしさがあるが。
リュートはノートにペンを走らせながら、ぐちぐちと続ける。
「しなくてもいい勝負をふっかけて、おかげで俺はクズ認定の危機じゃねーか」
「なに言ってんのよ。私が論点ずらしてあの流れに持って行かなきゃ、泥棒疑惑をうやむやにできなかったでしょ」
ローテーブルの向かいから、セラが手厳しい言葉を放ってくる。
「ていうかなにがあったか知らないけど、疑われるような言動するなんて油断し過ぎ」
「リュー君は悪くないよっ。あたしが――」
「いや俺が悪いんだっ」
部屋奥の簡易キッチンから顔を出したアスラの言葉を、リュートは慌てて遮った。
実をいうと、アスラが問題用紙をくすねてしまったことは、セラにもテスターにも話していない。アスラにも――今は怪しかったが――きちんと口止めしてある。
アスラの話では、問題用紙は無事元の場所に戻したとのことだったので、言う必要がない……というのが自分の中での建前で、本音はそんなことを話せば、セラがさらにぶち切れそうで怖かったのだ。
(こいつここんとこ、ほんとこえーからな……)
ちらりと正面をうかがい見る。セラは、
「なによ、かばっちゃって……」
などとぶつぶつつぶやきながら、下を向いて作業していた。
「そういやセラ、さっきからなにやってんだ。リュートの勉強みてやらなくていいのか?」
テスターが椅子の背に腕を回して、顔だけを向けてくる。言う自分こそこちらに話しかけてばかりで、ライティングデスクにろくに顔を向けていない。
「そのための作業よ……と。調整完了っ」
セラが満足げな顔で、どんとデーブルの上に置いた物を見て。
「あー待て。分かる。分かるぞ俺は」
リュートはこめかみに手を当てた。
セラの手にある電源から伸びる幾本ものコード。それぞれの先端には、小さなパッドが取りつけられている。
「これは電気で脳を刺激して暗記を助けるとか、その類いの装置だろ。研究棟から借りてきたんだろうけど、そんなん素人が真似してうまくいくわけねーだろ。やめろよそういう安易な考え」
「そんなの使うわけないじゃない。確かに研究棟から借りた物だけど、もっとシンプルなものよ」
セラがテーブル越しにリュートの左手をとり、シャツの袖をまくる。
「答えを間違えるたびに、健康に支障が出ない程度の電気ショックを与えるだけ」
「やめろよそういう追い詰め方!」
バシッと手を払いのけるが、すぐさま捕まりテーブルの上に押さえつけられる。
セラはパッドを手の甲、手首……と隙間なく――それは敷き詰めていいものなのかと不安を禁じ得なかった――貼りつけていきながら、
「電気ショックが嫌ならとっとと覚えて。いいわね?」
「無茶言うな――」
「じゃ早速。百人一首の暗唱よ。第51番は?」
「へ?」
「51番よ」
スイッチを片手にいらいらと頰杖を突くセラ。
リュートはなるべく刺激しないよう、穏便に言い訳した。
「いや俺、百人一首は捨て分野にしてたから、あまり覚えては……」
「馬鹿言わないで。先生が6点分出すって公言してたじゃない。これできなきゃ一発アウトよ。ほら51番は」
「ええっと……君がため――」
「不正解!」
「っ⁉」
左腕に走った刺激に、声なき悲鳴が上がる。以前研究助手の学内バイトをした時に受けた電気刺激を、はるかに上回る衝撃だった。
「第51番は『かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを』よ。覚えたっ⁉」
「りょ、りょーかひ……」
なぜかヒステリックに叫ぶセラに、なんとか答える。
が、すぐに後悔する。ここできちんと泣訴すべきだった。
「それじゃあ時間も限られてるし、どんどん行くわよ。間違えるたびにボタン押すからね!」
セラはぎらついた目で無慈悲な宣告をした。
◇ ◇ ◇