2.期末テストの難⑧ どこに隠したの?
「どこに隠したの?」
「隠すもなにも、俺は盗んでなんかいませんって」
「だったらなんでロッカーに隠れてたの?」
「だから強度の確認を――」
リュートの言葉を遮り、佐藤がバシンと机をたたいた。
「下手な嘘はやめなさい! あなたが盗ったんでしょう⁉」
「俺は――」
「佐藤先生」
またもや発言を遮られる。しかし今度はリュートを擁護する声だった。
飯島は大柄な身体で机の間を窮屈そうに抜けてくると、リュートの肩に手を置いた。
「天城は時折言動が意味不明ですが、誠実さという点では一貫しています。不正など絶対にしません」
「……ありがとうございます」
思わぬところで示された飯島からの信頼に、リュートは素直にうれしさを感じた(意味不明な言動云々は、この際聞かなかったことにして)。
「あなたはだまされてるんですよ、この渡人に!」
声を荒らげる佐藤は興奮が高まっているのか、教師の枠を超えて、個人としての本音が漏れ始めている。
「彼らは自分の立場を守るためなら、不正行為だって簡単に――」
「私たちはそんなことしませんっ!」
今度の割り込みを食らったのは佐藤だ。
見るとそばの出入り口に、セラが突っ立っている。
自分の用事なのか、リュートの帰りが遅いから様子を見に来たのかは知らないが、一連のやり取りを教室の外から聞いていたのだろう。彼女の顔は湯気が出るのではと思うほどに紅潮し、真っすぐ下ろされた両腕の先では、ぎゅっと拳が握られていた。
「私たちはそんなことしてまで他人の評価を求めませんし、そもそもリュート様はそんな愚劣なことしなくたって、十分な成績を収めることができます!」
突然の乱入者に戸惑いを見せたものの、佐藤はセラの制服を見てすぐに察したらしい。ふふんと、あおるように鼻を鳴らす。
「どうかしら」
「だったら証明してみせますよっ」
ずずいっ、とセラが足を踏み出す。そのまま佐藤の前まで歩いてくると、バッと手のひらでこちらを指し示した。
「宣言します! 今回のテスト、リュート様は全教科において9割5分以上の点数をたたき出します!」
「は?」
さくっと挟まれた無茶ぶりに、リュートだけが声を上げた。
しかしその声はボルテージの上がりきったセラの前で、あまりにも無力だった。
「その結果をもって、リュート様には不正行為の必要などないことを証明します!」
「セラおい、お前なに言って――」
「大きく出たわね」
佐藤が腕を組み、楽しそうに口の端を上げる。
「でももっと言うと、こういう場合は満点と豪語した方が様になるんじゃないかしら」
「ケアレスミスや、幻出対応による勉強時間の圧迫も考慮してのことです」
「こんなことがあったから、当然問題は作り直しで難易度も上がると思うけど、それでも?」
「それでもです!」
きっぱりとセラ。近くで男子生徒らが「難しくなるって、マジかよ……」「やっぱ千本ノックにしてやる……」とつぶやいているのが聞こえた。
その言葉に寒気を覚えつつ、リュートは小声でセラに訴えかける。
「セラ馬鹿言うなって。全教科ほぼ満点なんて無理に決まってんだろっ」
抑えるように差し出した手を、セラは見もせずにはたき落とす。
「リュート様が規定の成績を収められたら、今回の騒動について渡人が無関係であることを認めてください。そして二度と蒸し返さないでください」
「不可逆的に、ってやつね。いいわよ。それでもし、彼が条件をクリアできなかったら?」
「もし9割5分を1教科でも下回ったら、今回の件について世界守衛機関本部に苦情を申し入れるなりマスコミにリークするなり、リュート様を好きにさらしてくださいっ!」
「おいセラっ!」
「分かったわ」
「俺は分かってねえ!」
叫ぶも誰も気に留めない。少しだけ、地球人に認識されないアスラの気持ちが分かった気もする。
佐藤はずっと無視していたくせに、最後だけはしっかりとこちらを向いた。
「それじゃあ、楽しみにしてるわ天城君」
上向いた両手のひらをがくがく震わせているリュートの背中を、軽くたたいて去っていく佐藤。それに男子生徒らが「先生、探したんだからゲーム機返してくれよ」と続いていく。
「あ……」
リュートは放心状態でただうめいた。
試験は3日後。間に合うわけがない。
助けを求めてさまよわせた目が、飯島の目と巡り合う。
飯島は「あー……」と気の毒そうにこちらを見た後、
「しかしまあ、悪いことばかりでもないだろう。条件をクリアすれば、このごたごたが丸ごとなかったことになるんだ。英語や理系科目は元々強いんだし、まあその……うまくやれ」
励ますように、ぽんぽんと肩をたたいてくる。先ほどよりも明らかに力が感じられず、聞かずとも飯島が抱く期待値の底が知れた。
「セラ……」
リュートはわなわなと身体を震わせ、セラにがばっと食ってかかった。
「お前なんつーことしてくれたんだっ⁉ このままだと俺恥知らずのクソとしてさらし者じゃねーか!」
「リュート様っ!」
セラがぐいと、リュートの胸倉をつかむ。ねめ上げるようにして顔を近づけてくると、
「そんな無益な言葉を吐くくらいなら、歴史の教科書でも暗唱したらどうですか?」
ドスの利いた声で告げてきた。
「この一件には渡人の尊厳が関わってるんです。たとえ脳と指だけになっても、結果は出してもらいますから」
「……ど、努力します……」
ぶち切れているセラにこれ以上文句を言う度胸もなく、リュートは両手を上げて宣誓した。
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