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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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2.期末テストの難⑧ どこに隠したの?

「どこに隠したの?」

「隠すもなにも、俺は盗んでなんかいませんって」

「だったらなんでロッカーに隠れてたの?」

「だから強度の確認を――」


 リュートの言葉を遮り、佐藤がバシンと机をたたいた。


「下手な(うそ)はやめなさい! あなたが()ったんでしょう⁉」

「俺は――」

「佐藤先生」


 またもや発言を遮られる。しかし今度はリュートを擁護する声だった。

 飯島は大柄な身体(からだ)で机の間を窮屈そうに抜けてくると、リュートの肩に手を置いた。


「天城は時折言動が意味不明ですが、誠実さという点では一貫しています。不正など絶対にしません」

「……ありがとうございます」


 思わぬところで示された飯島からの信頼に、リュートは素直にうれしさを感じた(意味不明な言動(うん)(ぬん)は、この際聞かなかったことにして)。


「あなたはだまされてるんですよ、この(わたり)(びと)に!」


 声を荒らげる佐藤は興奮が高まっているのか、教師の枠を超えて、個人としての本音が漏れ始めている。


「彼らは自分の立場を守るためなら、不正行為だって簡単に――」

「私たちはそんなことしませんっ!」


 今度の割り込みを食らったのは佐藤だ。

 見るとそばの出入り口に、セラが突っ立っている。

 自分の用事なのか、リュートの帰りが遅いから様子を見に来たのかは知らないが、一連のやり取りを教室の外から聞いていたのだろう。彼女の顔は湯気が出るのではと思うほどに紅潮し、真っすぐ下ろされた両腕の先では、ぎゅっと拳が握られていた。


「私たちはそんなことしてまで他人の評価を求めませんし、そもそもリュート様はそんな愚劣なことしなくたって、十分な成績を収めることができます!」


 突然の乱入者に戸惑いを見せたものの、佐藤はセラの制服を見てすぐに察したらしい。ふふんと、あおるように鼻を鳴らす。


「どうかしら」

「だったら証明してみせますよっ」


 ずずいっ、とセラが足を踏み出す。そのまま佐藤の前まで歩いてくると、バッと手のひらでこちらを指し示した。


「宣言します! 今回のテスト、リュート様は全教科において9割5分以上の点数をたたき出します!」

「は?」


 さくっと挟まれた()(ちゃ)ぶりに、リュートだけが声を上げた。

 しかしその声はボルテージの上がりきったセラの前で、あまりにも無力だった。


「その結果をもって、リュート様には不正行為の必要などないことを証明します!」

「セラおい、お前なに言って――」

「大きく出たわね」


 佐藤が腕を組み、楽しそうに口の()を上げる。


「でももっと言うと、こういう場合は満点と豪語した方が様になるんじゃないかしら」

「ケアレスミスや、(げん)(しゅつ)対応による勉強時間の圧迫も考慮してのことです」

「こんなことがあったから、当然問題は作り直しで難易度も上がると思うけど、それでも?」

「それでもです!」


 きっぱりとセラ。近くで男子生徒らが「難しくなるって、マジかよ……」「やっぱ千本ノックにしてやる……」とつぶやいているのが聞こえた。

 その言葉に寒気を覚えつつ、リュートは小声でセラに訴えかける。


「セラ馬鹿言うなって。全教科ほぼ満点なんて無理に決まってんだろっ」


 抑えるように差し出した手を、セラは見もせずにはたき落とす。


「リュート様が規定の成績を収められたら、今回の騒動について(わたり)(びと)が無関係であることを認めてください。そして二度と蒸し返さないでください」

「不可逆的に、ってやつね。いいわよ。それでもし、彼が条件をクリアできなかったら?」

「もし9割5分を1教科でも下回ったら、今回の件について世界守衛機関(WGO)本部に苦情を申し入れるなりマスコミにリークするなり、リュート様を好きにさらしてくださいっ!」

「おいセラっ!」

「分かったわ」

「俺は分かってねえ!」


 叫ぶも誰も気に()めない。少しだけ、地球人に認識されないアスラの気持ちが分かった気もする。

 佐藤はずっと無視していたくせに、最後だけはしっかりとこちらを向いた。


「それじゃあ、楽しみにしてるわ天城君」


 上向いた両手のひらをがくがく震わせているリュートの背中を、軽くたたいて去っていく佐藤。それに男子生徒らが「先生、探したんだからゲーム機返してくれよ」と続いていく。


「あ……」


 リュートは放心状態でただうめいた。

 試験は3日後。間に合うわけがない。

 助けを求めてさまよわせた目が、飯島の目と巡り合う。

 飯島は「あー……」と気の毒そうにこちらを見た後、


「しかしまあ、悪いことばかりでもないだろう。条件をクリアすれば、このごたごたが丸ごとなかったことになるんだ。英語や理系科目は元々強いんだし、まあその……うまくやれ」


 励ますように、ぽんぽんと肩をたたいてくる。先ほどよりも明らかに力が感じられず、聞かずとも飯島が(いだ)く期待値の底が知れた。


「セラ……」


 リュートはわなわなと身体(からだ)を震わせ、セラにがばっと食ってかかった。


「お前なんつーことしてくれたんだっ⁉ このままだと俺恥知らずのクソとしてさらし者じゃねーか!」

「リュート様っ!」


 セラがぐいと、リュートの胸倉をつかむ。ねめ上げるようにして顔を近づけてくると、


「そんな無益な言葉を吐くくらいなら、歴史の教科書でも暗唱したらどうですか?」


 ドスの利いた声で告げてきた。


「この一件には(わたり)(びと)の尊厳が関わってるんです。たとえ脳と指だけになっても、結果は出してもらいますから」

「……ど、努力します……」


 ぶち切れているセラにこれ以上文句を言う度胸もなく、リュートは両手を上げて宣誓した。


◇ ◇ ◇

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