2.期末テストの難⑦ 現国教師の佐藤
ひとりは現国教師の佐藤。若く小柄な女性で、校則に厳しい割に生徒からの人気は高いらしい。リュートのクラスは別の教師が現国担当なので、ほとんど話す機会のない人物だ。
ふたりの男子生徒ととは面識がなく、何学年なのかすら不明だった。
最後のひとりは唯一よく見知った人物で、クラス担任の飯島だ。この場において、自分をよく知っている――それも渡人に対して中立的な――者がいるというのは、リュートにとってプラスであった。
しかし今は飯島も含め、教師と生徒の区別なく、皆一様に珍獣を目撃した時のような目でこちらを見ていた。
こうなっては黙ってやり過ごせるわけもなく、リュートは身じろぎした。意図をくんだアスラが、背中からどいてくれる。
リュートは努めて冷静を装い立ち上がった。
「よ、よし強度確認終わりっ。ちょっと蝶番が弱いから、次回購入時はもう少し丈夫な製品を検討した方がいいな。今のままだと鬼の排除時に、巻き込まれて損壊する可能性が高い」
自分でも意味不明なことを吐きながら、もっともらしく何度もうなずく。
「リュー君、それはどう好意的に捉えても無理があるよ」
背後からシビアな現実を突きつけてくるアスラは無視して――反応したらなにもない空間に話しかける危ないやつだと思われる――リュートは足を踏み出した。
「さって帰るか」
リュートの言葉に、彼らが納得したかというと、
「待って。1年1組の天城君だったわね」
当然納得するはずもなく、佐藤がこちらへと歩いてくる。
足を止めたリュートの前までたどり着くと、彼女は美人な顔に不似合いな、嫌みったらしい笑みを浮かべた。
「ずっとそこにいたなら聞こえてたでしょうけど、実は期末試験の問題が盗まれてしまったのよ」
彼女はヒールの助けを得てもなお、リュートを見下ろすには高さが足りていなかった(それはリュートがブーツを履いているおかげでもあったが)。
そんな彼女を、リュートは真正面から見返した。
「聞く限りだと紛失しただけで、盗まれたとは確定していないようですが」
「そうかしら。まあ、そうよね」
欠片もそう思っていない口調で、佐藤。こちらの二の腕部分にある徽章に目を落とし、
「あなたは渡人として、立派な結果を残さなければと重圧を感じていたのかもしれないけれど……駄目よ。そんなことをすれば渡人の品格を下げるだけだわ」
「俺、不正行為なんてしませんよ」
「あらあら。盗まれたとは確定していないんじゃなかったの?」
「それだけ露骨に疑われれば、さすがに先手を打って自己弁護もします」
「じゃあ本当に違うの?」
「ええ」
断言し、リュートは佐藤の背後をちらりと見やった。男子生徒らは野次馬的好奇心を顔に張りつけて、飯島はやや心配そうに顔を陰らせてこちらを見ている。
「じゃあ例えば私が――そこのロッカーの中を確認しても、なんの問題もないわけね?」
きらりと目を光らせる佐藤に、リュートはひょいと肩をすくめて応じた。
「どうぞご自由に」
「そう。なら早速」
嬉々としてロッカーをあさりに行く佐藤を、ただ黙って見守る。駆け引きでも見栄でもなんでもなく、本当に見られても構わなかった。なぜなら、
「おかしいわね。ここにあると思ったのに……」
(そりゃアスラが持ってっちまったからな)
ロッカーをのぞき込んで不思議がる佐藤を見て、少しだけ意地の悪い愉快さを味わいつつ、リュートは素知らぬ顔を通した。
意味不明な言い訳をまくし立てたのも、あからさまに逃げるそぶりで佐藤たちの気を引いたのも、全部ロッカーから注意をそらすためだ。
後ろ手に送った合図をアスラが察してくれるかどうかが鍵だったが、それも杞憂に終わり、彼女はとっくに教室の外だ。恐らくはもう、リュートとは関係ない所に問題用紙を置き捨てているだろう。うまくすれば、元の場所へと返しているかもしれない。
「事情はよく存じ上げませんが、問題用紙は存外消えてなんかなく、保管場所に普通に置いてあったりするのかもしれませんね」
リュートがうそぶくと、ロッカーに顔を突っ込んでいた佐藤が、バッと顔を出してにらんできた。
「そんなはずないわ。私は見たもの」
脅しのようにつかつかとヒールの音を立てながら、こちらへと戻ってくる佐藤。腰に手を当て、眉はぎゅっとつり上がっている。




