2.期末テストの難⑥ 明らかに怪しさ大爆発な生徒
◇ ◇ ◇
(……結局、どこから間違ったかなんて関係ねーんだよなあ……)
変な方向にねじ曲がった首に痛みを覚えながら、むなしく振り返る。
今までの積み重ねがあって、今この結果がある。その事実は現状、なんの役にも立たなかった。
いや、そんなことくらい考えずとも分かってはいたのだが、この窮屈で不自由極まりない空間に閉じ込められていたら、ついつい考えてみたくはなる。
「先生、言われた通り見てったけど、この辺りに挙動不審な生徒はいなかったぜ」
「佐藤先生、やはり見間違いでは……」
「いえいます! いるはずよ絶対に。明らかに怪しさ大爆発な生徒が今どこかに!」
(なんでもいいから早く消えてくれ!)
教室の入り口付近で立ち話をしていると思われる教師らに、リュートはいらいらと訴えかけた。もちろん胸中で。
掃除ロッカーは幅や奥行きが広いタイプのものであったため、アスラとふたりでなんとか収まることができていた。
しかしもっと狭ければ、うっかり収まってしまって窮屈さに苦しむこともなかったのだから、余計な幸運だったともいえる。
「つかなんで君まで隠れるんだよ。必要ないだろっ」
「あはは、ついうっかり……」
ささやき声で会話を交わし、リュートは想像の中で天を仰いだ。肺を膨らます余裕すら十分にないこのありさまでは、ため息すら満足につけない。
「本当に不審な生徒はいなかったの?」
疑わしげな女教師の声に、男子生徒の声が応じる。
「1組に渡人の女子がひとりいたくらいで、あとは誰もいなかったって。もう逃げ帰ったか、他の階に隠れるかしてるんじゃねーの?」
「渡人ねえ……」
「先生まさか疑ってんの? あの子は違うと思うけどなあ、俺は」
「それはお前のタイプだからだろ」
「はあ⁉ ち、ちげーよ! なに言ってんだよお前!」
「よし。ちょっと話、聞きに行ってみましょうか」
ぱんという軽い音。恐らく女教師が手でもたたいたのだろう。
しかしそんなことは、リュートにとってどうでもよかった。
彼らがこの場から去ってくれるのはありがたい。しかしかんばしくないのは。
(矛先がセラに向いちまった……)
自然、苦い顔つきへと変わっていく。
「佐藤先生、うちの生徒を疑ってるんですか?」
「念のためですよ」
「彼女は成績優秀です。問題用紙を盗む理由がありません」
「その優秀な成績は、どこからつくり出されたのかしら」
「佐藤先生!」
「だから念のためですってば。さ、行きましょう」
(やばいな。ここを出たらなんとかしねーと)
焦りながらも、リュートは心のどこかでは軽く考えていた。事実セラは不正行為に微塵も手を出していないのだから、手順さえ間違えなければ疑惑の払拭など難しくないはずだと。
しかしなにより配慮すべき存在を忘れていた。
「どうしよう、セラちゃんが疑われちゃう!」
アスラが叫んで身を乗り出す。この状況下の理として、なにかが出ればなにかがへこむ。
(ふぐっ⁉)
彼女の肘鉄を鳩尾に食らい、踏み抜かんばかりに靴底を足の上に下ろされ、リュートは大きくバランスを崩した。
踏まれていない右足を支えにしようとするも、バケツからうまく引き抜けず逆にぐらつきに拍車がかかる。がんっと膝頭がロッカーの扉にぶつかった。
それでもリュートは必死に耐えたが、
「うわわわわっ⁉ た、助けてリュー君っ!」
(それは俺の台詞だよっ!)
さすがに背後からのしかかられれば、倒れるしかない。
派手な音が連鎖して上がる中、小さな金属音が聞こえた。リュートにはなぜだかそれが、蝶番の壊れる音だと分かった。とっさに、手にした問題用紙をロッカー奥へと手探りでねじ込む。
そしてついには耐えきれず、アスラに押し出されるようにして、リュートの身体はロッカーの外へとはじけ出た。
瞬時に視界を占めた光量を処理できず、反射的にまばたきをする。再び目を開けたその時には――硬い床が眼前へと迫っていた。
「っ……!」
右足に絡んだバケツも巻き込み、騒がしい音を立てて床へと激突する。腕を突き出したため顔面を強打するのだけは避けられたが、床とアスラとのサンドイッチに「ぐえ」と潰れた声が出た。ロッカー内にあった他の掃除道具も落ちてきたのか、床をたたく硬い音が立て続けに生じた。
うつぶせのまま、顔だけを上げると。
「……不審な生徒って、あいつですか先生?」
教室の出入り口から、計4人の男女がこちらへと視線を送っていた。