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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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2.期末テストの難⑤ あああああああああああっ⁉

 リュートは血相を変えてアスラを追った。


「アスラ! おい!」


 しかしアスラは止まらない。どころか運悪く――彼女にとっては運よくだろうが、こちらにとっては最悪だ――生物担当の教師、(すず)()が階段から現れた。


(やべっ)


 慌てて後退し、曲がり角へと身を隠す。

 テスト期間中、生徒による職員室への立ち入りは禁止されている。()(かつ)に職員室に近づけば……ただでさえ鈴井とは以前トラブルになっているのだ。どんな言いがかりをつけられるか分かったものではない。

 そうこうするうち、鈴井は扉を()けて、職員室へと入っていく。そしてちゃっかりアスラも続く。


(ああああああ!)


 嫌な予感フルスロットルで、しかし待つことしかできない。

 知らぬ間に()んでいた指を口から引き抜き、深呼吸を繰り返す。


(いやいや落ち着け。そう簡単にテスト問題なんて見つかんねーだろ。大事なもんなんだからきちんと隠しておくだろ普通)


 数秒後、問題用紙を手にしたアスラが満面の笑みで職員室から出てきた。


(セキュリティー甘っ⁉)


 引き抜き損ねていた人さし指をがりっと()み切り、リュートはその場で頭を抱えた。


「はいリュー君っ。もらってきたよ試験問題♪」

「馬鹿! なにやってんだよ!」


 差し出された問題用紙の束から目をそらして、リュートはアスラに食ってかかった。

 アスラは小首をかわいくかしげて、


「え? だってリュー君、問題知りたいんでしょ?」

「それは事前に知っちゃいけないものなんだよっ! つかそれくらい分かるだろ⁉」

「そうだけど、卑劣なことならシル君もやってるし、(わたり)(びと)のイメージを守るためなら、いいのかなって……やっぱ駄目だった?」

「駄目に決まってんだろっつーかあんな学長(クズ)見本にするなよな!」


 一息にまくし立ててから、強引気味にテンションを押し下げる。


「……とにかく、今すぐ元の場所に戻してきてくれ!」

「うん……余計なことしてごめんね」


 アスラがしゅんと肩を落とす。怒鳴ったこちらが後悔するほどの反省ぶりだったので、


「あ、いやっ、気持ちはうれしいんだ。ありがとう」


 と、リュートはとっさに取り繕った。

 顔を上げたアスラに明るさが戻りかけたところで、


「こっちです(いい)(じま)先生! 試験問題はこっちに飛んでいきました!」


 角の向こうから、甲高い女性の声が聞こえてくる。


(げっ⁉)


 引っ張られたように伸び上がると、リュートは周囲を見回し退路を探した。

 一番近い1年10組の教室は、幸いにして無人だった。


「アスラ、こっちだ!」


 小声で指示して身を転じる。

 ふたりして教室内へと駆け込んだところで、アスラが「あっ」と声を上げる。


「問題用紙がっ……」


 彼女が振り向いたその先を、数枚の問題用紙が飛んでいく。指からすり抜けたらしいそれらは、教室外の廊下へと不時着した。


「取ってくる!」


 振り向いた流れのままに、アスラが身体(からだ)を反転させる。


「あっ、おい!」


 思わず踏み出しかけた足に、リュートは慌ててストップをかけた。地球人に視認できないアスラはともかく、自分が今教室外に出るわけにはいかない。

 アスラの帰りを、はらはら気をもみながら待っていると。


()(とう)先生、落ち着いてください。試験問題は逃げませんよ」


 聞き覚えのある声。担任教師の飯島だ。


「どうかしら。私は見たんです! 職員室の扉が()いて、問題用紙が出てくるのを。生徒の誰かが()っていったに違いありません! あなたたちも見たでしょう⁉」

「いや、俺は……」

「没収されたゲーム機のことで頭がいっぱいで……」


 男子生徒らしきふたりの、戸惑ったような声が聞こえる。聞き取れるほどの距離まで近づかれている。


「アスラ早く!」


 問題用紙を拾ったアスラに、リュートは小声で叫んだ。

 制服と違い、問題用紙はアスラの『所有物』ではない。今目撃されたら、空飛ぶ問題用紙として記憶されてしまう。正確にはすでにその恐れが生じてしまっているが、今ならまだごまかせるかもしれない。

 彼女は急いで教卓に足を向けるが、よほど焦っていたらしい。その結果として、


「ぅきゃあっ⁉」


 つんのめって、教室内に問題用紙をぶちまけた。


(あああああああああああっ⁉)


 心の中で存分に叫び、必死に問題用紙をかき集めるリュート。

 そんな中、無情にも声と足音が近づいてくる。


「でも生徒の姿は見えなかったんでしょう?」

天蚕糸(てぐす)かなにかで引っ張ったのかもしれませんっ」

「問題を盗むのに、あえてそうする必要性を感じませんが……風かなにかで飛ばされたんじゃないですか?」

「あれはそんな感じではありませんでした! だったら誰かの仕業に決まってます!」

「そういや先生。ちょっと前、不可思議現象とか悪戯(いたずら)する鬼だとかの(うわさ)があったぜ」

「あー、あれか。もしかしてそれ絡み? 幽霊とか?」

「幽霊なんて、そんな曖昧で不可思議なものいるはずがないでしょ! 鬼が悪戯(いたずら)なんてするはずもないし! これは絶対何者かによる盗難事件よ。私の第六感がそう告げてるわ!」

「曖昧で不可思議なものは信じないのでは?」

「どっちの味方なんですか!」

「そもそも誰が敵なんですか……?」

(よし回収完了!)


 なんとか問題用紙を回収し、リュートは持っていた束を隠そうと教卓に近づいた。

 そこへ、


「まずいよリュー君、隠れなきゃ!」

「へ? ちょ、ちょっと待てアスラっ⁉」


 アスラにガシッと腕をつかまれ、問答無用で引っ張られるリュート。そのまま引きずられるようにして連れ込まれた場所は――

 がたんと扉が閉まり、視界が閉ざされる。空気穴から漏れ入る光だけが唯一の明かり。


(……よりによって、掃除ロッカーはないだろう……?)


 バケツに右足を突っ込み操り人形のように不自然な体勢で押し込められながら、リュートは切なさを胸につぶやいた。


◇ ◇ ◇

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