2.期末テストの難③ なにをたくらんでるんだ?
「にしても意外だな。あんたにしては、やけにいい待遇を提供するじゃねーか」
「なんだ嫉妬か?」
小馬鹿にするような口調で、セシル。
「私はね、彼女をこちら側に取り込みたいと思っているのだよ。その彼女が自ら歩み寄ろうとしてくれている。受け入れて損はないだろう?」
アスラがこの場にいるというのに、開けっ広げにセシルは言う。
しかしアスラ当人は――少なくとも見た目には――さして気にしたふうもなかった。むしろ、
「そうそう、あたしの気を引くチャンスだよ? だから、ね? リュー君お願い! あたしを学校に連れてって!」
セシルの言葉に乗っかって、両手を合わせて懇願してくる。
「いや、お願いって言われても……」
視線をそらしてはぐらかすリュート。本音を言えば、これ以上面倒くさいことは抱えたくなかった。
するとアスラは存外すぐに諦め、矛先を他へと変えた。ぴょんと一跳びでローテーブルも越えてベッド上に飛び乗り、テスターへと迫る。
「ね、お願いテス君っ。このとーり!」
テスターはさっと身体をひねってアスラの捕獲(?)範囲から逃れると、時計に向かって疑問を呈した。
「学長、本当によろしいのですか? 女神様が宿る須藤明美は、俺たちと同じクラスですが」
「もちろん不安なことに変わりはない。だから君たちが細心の注意でもって、彼女の面倒をみなさい。なにせ彼女が味方になれば、堕神一掃の可能性も夢見られるのだからな」
「あたしそういうのだけは協力しないってば!」
「ああそうだったな」
素早く否定の声を上げるアスラに、セシルがおざなりな相槌を打つ。
その声音に違和感を覚え、リュートは目を細めた。
「お前……なにをたくらんでるんだ?」
「だから言っただろう。彼女をこちら側に取り込みたいと」
無機質な時計から返ってきたのは、無機質な声だった。セシルがなにを考えているのか、そこからは読み取れない。
しばらく待ってもそれ以上はなにも返って来ず、リュートは仕方なく決めた。
「分かったよ。明日アスラを学校に連れていく」
「ほんとっ⁉ ありがとリュー君!」
「馬鹿危ねえって!」
再びこちらへと飛んでくるアスラを受け止め――きれずに押し倒され、後ろのソファに頭をぶつけるリュート。頭上に星が飛ぶ中で、セシルの「くれぐれも目は離さぬようにな」という声が聞こえてくる。
「その様子だと、アスラの保護者はお前で決まりだな」
「分担に決まってんだろ」
きししと笑うテスターに、リュートは身を起こしてむすりと返した。
すぐにちゃかしてくる友人にそろそろ一言言いたいところだが、それよりも先に対処しなければいけないことがある。
「さて話は終わりだ。あとは存分に語らうがいい」
「ああ、そうさせてもらう」
リュートは時計をむんずとつかんで立ち上がった。そのまま歩いて扉を開き、廊下に時計を置いて扉を閉じる。
すたすたと戻って座り直すと、アスラがきょとんと聞いてきた。
「追い出しちゃうの?」
「そりゃな。盗聴なんてされたくねーし」
「そっかリュー君、反抗期なんだね」
「お父さんには聞かれたくないお年頃か」
「違う! 会話が筒抜けなんて普通嫌だろ!」
「あたしは気にしないけど」
「俺も別にどうでも」
「あーそうかよ!」
リュートは乱暴に切り上げ、勉強へと戻った。
部屋の外から足音が近づいてくる。それは扉の前まで来たところで、がっとなにかを蹴飛ばしたらしい。硬い物が転がる音と、聞き覚えのある罵声が耳に届く。
兄妹そろって馬鹿にされている気がして、リュートは投げやりに問題文を目で追っていった。
◇ ◇ ◇