2.期末テストの難① 察してやれよお兄ちゃん。
◇ ◇ ◇
「こっちか⁉」
「いや違うだろ。ったく、本当にいるのかよテスト泥棒なんて!」
「いるわよこの目で見たんだから。ほら、さっさと探しなさい! その代わりに没収したゲーム返すって約束なんだから」
「わ、分かってるって先生!」
「あーくそ!」
毒づく声を暗がりの中で聞きながら、リュートは必死に息を潜めた。
(行け。さっさと他を捜しに行け……)
呪いのように念じていると、鼻先になにかが触れた。さらさらとした感触からして、髪の毛のようだ。
(やべ……)
意識した途端に鼻がむずかゆくなり、リュートはきつく口を結んだ。くしゃみの気配と格闘する間にも、『外』では人が行き交う。
「教室に隠れてるんじゃないのか?」
「だな。にしても誰だよ、期末テストの問題盗ったやつ」
「羨ましいよな。高得点確実じゃねえか」
「なに言ってるのよ。テスト前に問題が流出したら、作り直しに決まってるでしょ。しかも難易度マックスで」
「はあっ? マジっすか? そりゃ許せん。テスト泥棒のやつ、バットなしで千本ノックやらせてやる!」
(殺す気かよ)
うっかり想像してしまい、身を縮こまらせるリュート。テストの恨みは恐ろしい。
「リュー君、狭いよぉ」
耳元でささやかれた苦情に、リュートも小声で返した。
「君が押し込んだんだろっ……」
「そうだけどぉ……」
アスラは恐らく困り果てた顔で――なにせ真っ暗闇だから、確認のしようがない――情けない声を出した。
少しでもアスラのスペースを確保してやろうと、掃除ロッカーの中で身じろぎしながら、リュートは悲嘆に暮れた。
(くっそ、なんでこんな目に……俺か? 俺が悪いのか? だったらどこから間違えたんだ?)
◇ ◇ ◇
それは思い返してみれば、たぶんこの辺りから間違えていたのだと思う。
「へえ。君、頭いいんだな」
「えへへー。セラちゃんのおかげだよ。セラちゃんの知識が、そのままあたしの頭にも入ってるから」
「記憶力に関してはセラ以上かもな」
「そうかなー。セラちゃんはどう思う?」
「さあどうかしら」
ぴしゃりとセラが言い捨てる。
場所はアスラの部屋となったばかりのゲストルーム。
グレイガンの『審査』をなんとかやり過ごしたリュートたちは、合流してきたセラも交えて親睦会(?)を兼ねた勉強会を開いていた。
なぜ勉強会なのかというと、話は簡単である。
期末テストが近いのだ。
アスラの一件を抱えているとはいえ、リュート・セラ・テスターの3人は現在高校生。学生としての本分を全うしなければ、手痛い処罰が待っているのだ。
(セラとテスターはともかく、俺は割と差し迫ってるからな……)
特に中間テスト以降は、女神の出現や緋剣の盗難、残魂騒動にボンクラ息子のお守りなど、なかなか勉強に費やす時間が取れない日が続いていた。
そんな状況で、アスラの知識を生かさない手はない。
という訳で我ながらゲスい考えだとは思いつつ、リュートはアスラに家庭教師を乞うていた。その必要のないセラとテスターは、片やライティングデスク、もう一方はベッドの上で、おのおののスタイルで勉強を進めている。
リュートはローテーブルの隅に積まれた購買のおにぎり――今日のところは食堂は使うなと、グレイガンから無造作に渡された物だ――を視界の端に置いて床に座り込み、テーブル上に広げた問題集を使って疑問点を確認していた。
「じゃあここは? この戦争に至るまでの過程が分からないから、どうにも頭に入ってこないんだ」
「あ、それはね。一度は同盟関係にあった両国が――」
がたり、と椅子を引くような音。
アスラと共に目を向ければ、立ち上がったセラの姿があった。
妹は机上の参考書を無造作に手でどけると、部屋をずかずか縦断して扉へと向かう。そして隣り合って座るリュートとアスラの後ろを通り過ぎる時、
「ふん」
と当てつけるように鼻を鳴らし、部屋を出ていった。
「なんだあいつ?」
いつも以上に不機嫌さを前面に押し出すセラを、不思議に思っていると。
「お前さー。もうちょっと気遣えよ」
ベッドの上からテスターが駄目出しをしてくる。手元の参考書から目は離さず、あからさまにどうでもよさげな体ではあったが。
「なにがだよ?」
「セラのプライド傷つけるようなこと言ってやるなって」
「え、なに? もしかしてあたし、なにかまずいことしちゃった? わわ、どうしようっ」
目を見開き、広げた口に手のひらを当てるアスラ。
一方リュートは、正直そこまで反省する気にはなれなかった。
問題集のページをめくり、興味もなくテスターへと返す。
「アスラの出自は特別なんだから、張り合っても仕方ない。それが分からないほど、あいつは馬鹿じゃないだろ」
「それでも張り合ってしまうことはあるだろ。察してやれよお兄ちゃん」
「そんな気遣いが必要って年でもねーだろ」
「でもリュー君。明日から学校だし、セラちゃんと気まずいまま授業受けるのは、あたし嫌だよ?」
当たり前に放たれたアスラの言葉を聞き、リュートは動きを止めた。
見るとテスターも参考書から目を離し、困惑した表情をこちらに向けていた。教えてやるべきだろうと、その目が訴えている。
リュートは左を向いた。一点の曇りもない金色の瞳が、見返してくる。
(勘違いしてるなら、そりゃあ教えてやるべきだよな)
気が進まないながらも口を開く。
「あのなアスラ――」
◇ ◇ ◇




