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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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2.期末テストの難① 察してやれよお兄ちゃん。

◇ ◇ ◇


「こっちか⁉」

「いや違うだろ。ったく、本当にいるのかよテスト泥棒なんて!」

「いるわよこの目で見たんだから。ほら、さっさと探しなさい! その代わりに没収したゲーム返すって約束なんだから」

「わ、分かってるって先生!」

「あーくそ!」


 毒づく声を暗がりの中で聞きながら、リュートは必死に息を潜めた。


(行け。さっさと他を捜しに行け……)


 (のろ)いのように念じていると、鼻先になにかが()れた。さらさらとした感触からして、髪の毛のようだ。


(やべ……)


 意識した途端に鼻がむずかゆくなり、リュートはきつく口を結んだ。くしゃみの気配と格闘する間にも、『外』では人が行き交う。


「教室に隠れてるんじゃないのか?」

「だな。にしても誰だよ、期末テストの問題()ったやつ」

「羨ましいよな。高得点確実じゃねえか」

「なに言ってるのよ。テスト前に問題が流出したら、作り直しに決まってるでしょ。しかも難易度マックスで」

「はあっ? マジっすか? そりゃ許せん。テスト泥棒のやつ、バットなしで千本ノックやらせてやる!」

(殺す気かよ)


 うっかり想像してしまい、身を縮こまらせるリュート。テストの恨みは恐ろしい。


「リュー君、狭いよぉ」


 耳元でささやかれた苦情に、リュートも小声で返した。


「君が押し込んだんだろっ……」

「そうだけどぉ……」


 アスラは恐らく困り果てた顔で――なにせ真っ暗闇だから、確認のしようがない――情けない声を出した。

 少しでもアスラのスペースを確保してやろうと、()()()()()()()()()身じろぎしながら、リュートは悲嘆に暮れた。


(くっそ、なんでこんな目に……俺か? 俺が悪いのか? だったらどこから間違えたんだ?)


◇ ◇ ◇


 それは思い返してみれば、たぶんこの辺りから間違えていたのだと思う。


「へえ。君、頭いいんだな」

「えへへー。セラちゃんのおかげだよ。セラちゃんの知識が、そのままあたしの頭にも入ってるから」

「記憶力に関してはセラ以上かもな」

「そうかなー。セラちゃんはどう思う?」

「さあどうかしら」


 ぴしゃりとセラが言い捨てる。

 場所はアスラの部屋となったばかりのゲストルーム。

 グレイガンの『審査』をなんとかやり過ごしたリュートたちは、合流してきたセラも交えて親睦会(?)を兼ねた勉強会を(ひら)いていた。

 なぜ勉強会なのかというと、話は簡単である。

 期末テストが近いのだ。

 アスラの一件を抱えているとはいえ、リュート・セラ・テスターの3人は現在高校生。学生としての本分を全うしなければ、手痛い処罰が待っているのだ。


セラとテスター(こいつら)はともかく、俺は割と差し迫ってるからな……)


 特に中間テスト以降は、女神の出現や()(けん)の盗難、(ざん)(こん)騒動にボンクラ息子のお()りなど、なかなか勉強に費やす時間が取れない日が続いていた。

 そんな状況で、アスラの知識を生かさない手はない。

 という訳で我ながらゲスい考えだとは思いつつ、リュートはアスラに家庭教師を乞うていた。その必要のないセラとテスターは、片やライティングデスク、もう一方はベッドの上で、おのおののスタイルで勉強を進めている。

 リュートはローテーブルの隅に積まれた購買のおにぎり――今日のところは食堂は使うなと、グレイガンから無造作に渡された物だ――を視界の端に置いて床に座り込み、テーブル上に広げた問題集を使って疑問点を確認していた。


「じゃあここは? この戦争に至るまでの過程が分からないから、どうにも頭に入ってこないんだ」

「あ、それはね。一度は同盟関係にあった両国が――」


 がたり、と椅子を引くような音。

 アスラと共に目を向ければ、立ち上がったセラの姿があった。

 妹は机上の参考書を無造作に手でどけると、部屋をずかずか縦断して扉へと向かう。そして隣り合って座るリュートとアスラの後ろを通り過ぎる時、


「ふん」


 と当てつけるように鼻を鳴らし、部屋を出ていった。


「なんだあいつ?」


 いつも以上に不機嫌さを前面に押し出すセラを、不思議に思っていると。


「お前さー。もうちょっと気遣えよ」


 ベッドの上からテスターが駄目出しをしてくる。手元の参考書から目は離さず、あからさまにどうでもよさげな体ではあったが。


「なにがだよ?」

「セラのプライド傷つけるようなこと言ってやるなって」

「え、なに? もしかしてあたし、なにかまずいことしちゃった? わわ、どうしようっ」


 目を見開き、広げた口に手のひらを当てるアスラ。

 一方リュートは、正直そこまで反省する気にはなれなかった。

 問題集のページをめくり、興味もなくテスターへと返す。


「アスラの出自は特別なんだから、張り合っても仕方ない。それが分からないほど、あいつは馬鹿じゃないだろ」

「それでも張り合ってしまうことはあるだろ。察してやれよお兄ちゃん」

「そんな気遣いが必要って年でもねーだろ」

「でもリュー君。明日(あした)から学校だし、セラちゃんと気まずいまま授業受けるのは、あたし嫌だよ?」


 当たり前に放たれたアスラの言葉を聞き、リュートは動きを()めた。

 見るとテスターも参考書から目を離し、困惑した表情をこちらに向けていた。教えてやるべきだろうと、その目が訴えている。

 リュートは左を向いた。一点の曇りもない(きん)(いろ)の瞳が、見返してくる。


(勘違いしてるなら、そりゃあ教えてやるべきだよな)


 気が進まないながらも口を(ひら)く。


「あのなアスラ――」


◇ ◇ ◇

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