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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
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1.鬼神の少女⑦ 痛いのが好きなんだ。

「あの嬢ちゃんは学長が呼んだんだ。なんでも、あの方がご所望だそうでな。現れたら対面させろと」


 拳をしまいながら、グレイガンが事情を話す。

 リュートも体勢を戻し、顔に付いた雨粒を袖で拭った。分かっていることを頭で組み立てる。

 どうやらグレイガンは、リュートやセラの事情、そして女神が(あけ)()に同化していることまで知っているらしい。そして、


(女神は予期してたってのか? アスラが現れることを)


 グレイガンの口ぶりからすると、そうらしいが。

 と、


「リュー君いじめちゃ駄目ーっ!」


 アスラが声とフォームだけはかわいく、グレイガンの前へと飛び出してグーパンチを繰り出した。

 グレイガンは、それを右手のひらで軽く受け止め――顔をゆがめた。


「なるほどな……これが(うわさ)()(じん)か。見た目通りの力じゃねえってわけか」


 痛みを払うように手を振るグレイガン。

 そんな彼に、手を引っ込めたアスラが詰め寄る。


「なんでリュー君をいじめるの? 暴力はよくないよ!」

「立派な暴力振りかざしといて、言うじゃねえか(おに)(むすめ)


 グレイガンは苦々しくうなると、リュートを親指でさしてきた。


「殴られるのはこいつの趣味なんだよ。痛いのが好きなんだ」

「そうなのリュー君?」

「なわけないだろっ! 変態か俺は!」


 リュートはあっけなく丸め込まれたアスラに叫び返し、ついでにぐるっとテスターを振り向いた。


「そしてお前は、『あ、そうだったの?』みたいな顔すんな! くどいから!」

「そんなむきになるなよ。いつものコミュニケーションだろ」

「じゃあキレて殴るとこまでコミュニケーションにしていいか⁉」

「あのー……」


 恐る恐るといった感じで、か細い声が割り込んでくる。

 はっとして振り返ると、ぎこちなく笑みを浮かべる明美が立っていた。

 先ほど見た時は距離があったのに、いつの間にか――馬鹿をやっている間に――近づいてきていたらしい。


「あ……えと、おはよう須藤?」

「う、うん。おはよう」


 タイミングを逸した挨拶を交わし、リュートは取りあえず無難な対応を取った。つまりは紹介。


「グレイガン先生……は、ここまで一緒に来たから知ってるか。彼女がアスラ。その……本人いわく()(しん)――鬼らしい」


 念のため両者の間に入りながら、リュートはアスラを明美に紹介した。


「あ、どうも……須藤明美、です」

「知ってるよー、セラちゃんの記憶にあったからね。あたしアスラっ。よろしくね、あっちゃん♪」

「う、うん、よろしくね……」


 差し伸べられた手を、握り返そうとする明美。そこにするりと、テスターが割って入った。


「よっす須藤。わざわざ来てもらって悪いなー。せっかくだから、ここの食堂で昼飯も食べてけよ」


 外見では軽く構えて見えるテスターだが、リュートは気づいていた。

 テスターはアスラから注意をそらしていない。わざとらしいほど軽薄に見える目には、鋭さが潜んでいた。


「てめえら、ここは今立ち入り禁止にしてあるから、遠慮なくしゃべっていいぜ。ただしさっさと本題に入れよ、俺様も暇じゃねえんだから」


 グレイガンが腕を組み、(ひげ)だらけの(した)(あご)を突き出す。

 びくびくとグレイガンの隣に立っている明美――よほどグレイガンが怖いのだろう――に、リュートは後頭部に手を当てながら切り出した。


「須藤。ろくに事情も聞かされてないのに、ほんと申し訳ないんだけど」

「分かってる。女神様に替わればいいんだよね?」

「ああ、悪い」

「大丈夫」


 短いやり取りを終えると、明美は手を組み目をつぶった。

 しばしの時を待ち――


「お前が()(しん)の変わり種か」


 目を()けた明美は、別の人格へと入れ替わっていた。

 リュートたち(しん)(ぼく)が仕える、全ての母なる創造主――女神に。

 場の空気に緊張が走る。

 テスターとリュートはそれぞれ、女神とアスラのそばに控えた。いざというとき動けるように。


(つか本当に大丈夫なのか? ふたりを引き合わせて)


 リュートは緊張した面持ちで、アスラの様子を探った。彼女が本当に()(しん)なら、女神など(めっ)(さつ)対象でしかないだろう。

 一同の視線を浴び――アスラはにっこりと笑った。

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