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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
221/389

1.鬼神の少女⑥ 落ち着けっ!

◇ ◇ ◇


 灰色の分厚い雲から、ぽつりぽつりと滴が落ちてくる。


「あー、降ってきたな」


 雨粒の付いた手のひらを引っ込め、どうしたものかと空を見上げるテスター。

 リュートも全く同感だった。


「ったく。なんだってあいつ、わざわざ外に呼びつけるんだか」


 午後にはアスラの処遇を決める。

 その言葉を守ろうとしてくれるのはありがたかったが、なにもこんな雲行きが怪しい時に、運動場の片隅に呼び出すこともないだろう。


 現在時刻は午前10時15分。明け方までアスラを見てくれたセラと交代し、今度はリュートとテスターがアスラに付いていた。セラはただいま仮眠中で、正午には再び合流してくれる()(はず)になっている。

 だが思いの外早く、セシルからの呼び出しがあった。処遇を決めるための確認事項があるとかで。


 そういう訳で、リュートはテスターやアスラと共に、指定の第3運動場へとやってきていた。

 しかし呼び出し時刻はとうに過ぎているにもかかわらず、セシルの姿はまだ見えない。


「リュー君リュー君。こんな所でなにするの?」


 雨に()れるのが楽しいのか、空に向かって顔面をさらけ出しながら、アスラが聞いてくる。

 その問いこそリュートが抱えていた疑問だったが、


「これからちょっと、君のことについて確認事項があるんだ」


 リュートは取りあえず、分かっているふうを装って返した。

 と、視界の端に人影が入り込む。

 ようやくかと思い、罵声のひとつでも浴びせてやろうと、リュートは口を(ひら)いた。

 そして、ひぎっと口の()をつり上げる。


「グ……グレイガン先生っ……⁉」


 現れたのは、かつていろんな意味で世話になった師、グレイガンだった。

 彼は昔と変わらぬ――いや、もしかしたらより進化したかもしれない、いかつい顔を笑顔にゆがませ近づいてくる。


「よお、元気してるか?」

(しまっ……)


 リュートは焦った。

 ()()()と違って()()()()はグレイガンの授業を受けていない。こんな拒絶反応を見せたら怪しまれる。

 となれば、ごまかすまでである。リュートは即座に好青年の笑みをつくり、


「初等訓練校の、グレイガン教官ですよね。初めまして、俺はリュートです。受け持っていただいたことはないのですが、(うわさ)の方はかねがね――」

「くだらねえ小芝居はやめろ!」

「がぐっ⁉」


 怒声とともに放たれた拳を額に食らい、リュートはなす(すべ)もなく後方へと吹っ飛んだ。


「リュー君っ⁉」

「イカ墨小僧。お前が生きてたことは、学長から聞いて知ってるぞ。妹のこともだ。てめえら、とんだ反逆兄妹(きょうだい)だな」


 吐き捨てるような言葉とは裏腹に、こちらを見下ろし近づいてくるグレイガンの顔は、面白がるように笑っていた。

 アスラに助け起こされながら、リュートは額を押さえてうめいた。


「つまりこれは、先生なりの制裁ですか?」

「いーやただの勢いだ!」

「相変わらずのようでなによりです……」


 身体(からだ)に付いた土――雨で()れつつあるので、べっとり付着してきて不快だ――を払い落とし、力なく立ち上がるリュート。

 その隣で、テスターが口を(ひら)く。


「それで、どうしてグレイガン教官――初等訓練校の先生がここにいらっしゃるんですか?」

「護衛に決まってんだろ。てめえらだけじゃ不安だからな」


 さらりと答えるグレイガン。


「護衛……って、誰の?」


 リュートは首をかしげ、はたと気づいた。グレイガンの後方に控える、もうひとつの人影に。

 黄色い雨傘を差し、困ったようにこちらを見ている黒髪の少女。


「須藤⁉ なんでここにっ……」


 声を裏返らせると、リュートはグレイガンへと顔を向けた。


「先生、彼女はっ……」

「落ち着けっ!」


 ズビュッとえぐり込んでくる拳。


「事情は知ってるっつっただろーが。なんだってそうすぐに取り乱す?」

「す、すみません……以後気をつけます……」


 背中と首を限界まで()らせて雨雲――と顔面ギリギリを通り過ぎた頑強な拳――を見上げた状態で、リュートは反省の弁を述べた。なんだってそうすぐに拳が飛んでくるんだと思いながら。

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