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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
220/389

1.鬼神の少女⑤ そんな簡単なこと、なんで分からないのっ?

「……アスラ」

「って確かそれって、どっかの神話に出てくる()(じん)の名前じゃなかったか?」


 問うとセラは、不機嫌そうな顔をこちらへ向けてきた。


「ぴったりでしょ」

「ぴったりっていうか……なんかお前、さっきからこの()にとげとげしくないか?」


 気のせいかと思っていたのだが、そうではないらしい。セラは明らかに、少女に対して敵意を(いだ)いている。


「そりゃあ自称()(しん)の少女だもの。構えるのも当然でしょ」

「いや、そーいうんじゃなく、もっと別種の敵意を感じるんだけど……」

「気のせいじゃない?」


 むすっと答え、あさっての方向を見て口をつぐむセラ。

 当の少女はというと、


「アスラ……アスラ、アスラ……」


 ぶつぶつと、確かめるように与えられた名をつぶやき、


「うん! なんかいい響き! 好きかも!」


 ぱんと手をたたき、歓喜の声を上げる。


「あたしアスラ! アスラだよ! 素敵な名前をありがとうセラちゃん!」

「い、いいのよ別に……」


 少女――アスラに手を握られて全力の感謝を示され、セラが()されたように、こくこくとうなずく。

 それを見て、リュートは冷静に指摘した。


「お前、今ちょっと後ろめたいだろ」

「うるさいわね」

「それは俺たち全員かな」


 言うテスターの視線を追うと、彼は夜勤室の窓口に目をやっていた。男性守護騎士(ガーディアン)がひとり、迷惑そうにこちらを見ている。

 そういえば先ほど無理言って通行許可を取った際、騒ぎ立てないと約束したような気もする。


『すみません……』


 3人そろって腰を低くし、こそこそと前を通り過ぎる。アスラだけは名前を得たことに興奮し、変わらずはしゃいでいたが。 

 世界守衛機関(WGO)の本部棟を出ると、外はまだ暗かった。規則外の時間のため、リュートたち以外に出歩く生徒もいない。

 にもかかわらずこちらに近づいてくる人影を捉えて、リュートは眉をひそめた。


守護騎士(ガーディアン)の出動か?)


 しかしそうであるならばば、門の方に向かうはずだ。


「新聞配達さ」


 リュートの疑問をくみ取って、テスターがささやいてくる。

 なるほど確かに、人影は新聞らしき物を持っていた。本部棟のポストに(とう)(かん)しに来たのだろう。

 リュートは女神や()(しん)の話題に()れないよう注意しながら、取り急ぎの相談事項を口にした。


「それでどうする? 処遇が決まるまでは、3人でこの()――」

「アスラ!」


 耳ざとくアスラが口を挟んでくる。よほど名前が気に入ったらしい。


「あ、ああそうだったな……3人でアスラを見るか? 幸いというか、今日は()(どう)が来ない日だし」

「そうね」


 セラがうなずき、指を立てる。


「取りあえず朝までは私が起きて、彼女と女子寮の洗濯室にでも引きこもってるわ。談話室が()いたら、そこで交代してもらってもいい?」

「ああ、悪いけどそれで頼む」


 場当たり的ではあるが、一応話はまとまった。

 思い出したように出るあくびを()(ころ)しながら、リュートは新聞配達人とすれ違い――

 どんっ。


「きゃっ」


 配達人とぶつかり、アスラが地面へと倒れ込む。

 配達の男も倒れはしなかったものの、バランスを崩してよろめいた。その後戸惑うように周囲を見回すが、納得できるなにかを見つけられなかったのか、釈然としない表情を浮かべた。


(アスラが見えてないのか……?)


 ()(げん)な顔で凝視し過ぎたのか、男がこちらに気づいて目が合った。


「あ……すみません」


 反射的に謝罪の言葉が漏れる。

 男は最終的に、リュートがぶつかったのだと判断したらしい。これ見よがしな舌打ちを残して去っていった。

 リュートは男の後ろ姿を見送りながら、つぶやいた。


「もしかして……地球人には見えないのか?」

「みたいだな」

「通常の鬼は地球人にも見えるのに……謎だらけね」


 と、


「あの人ひどいっ!」


 アスラががばっと身を起こし、外灯の支柱を支えに立ち上がる。


「今の態度ひど過ぎるよっ!」

「許してやれって。たぶんあいつには君が見えてないんだ」


 テスターがなだめるも、アスラは相当おかんむりのようだった。


「そうじゃなくて! あの人リュー君たちを、とても冷たい目で見てた!」

「それは……」

「まあそれも、いつものことだしなー」

「不愉快ではあるけどね」


 三者三様に、しかし諦めだけは一致させて答えるリュートたちに、アスラは一歩も引かない。支柱をグッと握り、


「やられる方の立場になれば、どんな思いをするかなんて分かるはずなのに! そんな簡単なこと、なんで分からないのっ? ひどいよ!」

「ま、まあ落ち着けって」

「ひどいひどいひどいひどいっ!」


 ()()をこねるように、両腕を激しく振るアスラ。支柱を握ったままの右手は、なぜか動きを制限されない。

 支柱の方が右手に合わせて、その直線をゆがめていた。


「アスラ……君って、怪力なんだな」


 アスラの力のままに曲がった支柱を、引きつった顔で眺めながら。

 リュートは棚上げしていた疲れが、どっと押し寄せるのを感じていた。


◇ ◇ ◇

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