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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第5章 明日讃歌
219/389

1.鬼神の少女④ あたしうれしかったよ!

◇ ◇ ◇


 厄介だ。

 事情は全く分からない。しかし、とてつもなくクソ面倒くさい事態に遭遇していることだけは確かだ。


「あー……っと、君。そろそろ離れてもらってもいいかな。気づいてないかもしれないけど、実はすごく歩きづらいんだ。割と痛いし」


 リュートは階段を下りながら、これでもかというほど身体(からだ)を押しつけてくる少女の肩を、そっと――しかし力は込めて――つかんだ。


「えーっ」


 不服げな声を上げる少女に、隣を歩くセラが追い打ちをかける。


「『えーっ』じゃないの。転んだら危ないでしょ。ほら早く離れてっ」

「むー……」


 一応は納得したのか、少女が自ら身を離す。身にまとったセラの制服は、セラから生まれいでたからということなのか、あつらえたようにぴったりと丈が合っていた。


「にしても世話って……どうすればいいんだ?」


 困り果てて頭をかいていると、セラがこれ見よがしに大きく息を吐いた。


「お兄ちゃんが、また考えなしに余計なこと言うから……」

「お前さ、そうは言うけど――」

「あたしうれしかったよ!」


 少女はバッと両手を広げて、残り4、5段をあっさり飛び降りた。そのまま片足を軸に回転して、無邪気にこちらを見上げてくる。

 リュートとセラはきょとんとまばたいた。


「なにがよ?」

「リュー君かばってくれたでしょ。あたしをどうするかって話になった時」

「いやあれは、かばったっていうか……」


 安易に監禁措置を取ろうとする、セシルが気に食わなかっただけだ。

 そう続けようとする前に、少女が両手のひらを合わせ、頰を染め上げた。


「リュー君は、あたしたちをやっつける側だから。(まも)ってもらえるなんて思わなかった。だからすごくうれしい」

「てことはやっぱり、君は()()()()なわけか」


 ようやく合流してきたテスター――なにかセシルと話があったようで、リュートたち退室後も執務室に残っていた――が、ずいと会話に割り込んでくる。

 端的に事実を追求する言葉に空気が一気に張り詰め、会話が途切れる。階段を下りても無言は続き、4人分の足音だけが1階の廊下に響いた。

 沈黙を破ったのは少女だった。


「……そうだとしたら、リュー君はあたしを斬るのかな? 他の堕神()みたいに」


 真剣な、どこか憂いを帯びた面持ちで見据えられて、リュートはたじろぐ。


「……通常の鬼は、実力行使しか手がないからそうしているだけだ。君の場合、話し合う価値はあるだろ」


 後ろ暗いことなどないのだと自分に言い聞かせ、答える。それでも少し目は泳いだ。


「他の堕神()たちは問答無用で、あたしだけは特別なんだ」


 少女が(ほほ)()む。それは、特別扱いをされたことに対する喜び――ではなく、暗い皮肉を含んだ笑みに感じられた。


「――ま、その辺りはおいおい考えればいいか。というか君さ、なんでそんなにリュートに(なつ)いてんの?」


 気まずい空気のきっかけを作ったことを気にしてか、テスターが少女の隣に並び、いやに明るく話しかける。

 実はリュートも気になっていたので、その質問はありがたかった(なにぶん自分からは聞きづらい内容だ)。

 セラも興味深げなまなざしで少女を見る。

 少女は、先ほどよりもいっそう大きく両手を広げ、


「だってあたし、リュー君が大っっ好きだから!」

「だから、なんで好きかって聞いてるのよ」


 答えになっていない返事に、セラが代表して指摘を入れる。片眉をややつり上げて。

 それに対し、マイペースに感情を吐露する少女。


「分かんない。分かんないけど、リュー君を見てると、好きって気持ちがあふれてくるの」

「勘違いじゃないの?」

「違うよ! だってテス君も好きだけど、それ以上は全然()かれないもん!」

「さりげにひどいなこの()


 半眼でつぶやいてから、テスターが苦笑する。


「まあいいか。それでこの()……っていいかげん、名前がないのもつらいな。君のこと、なんて呼べばいい?」

「んー。特に名前はないんだよねー……」


 テスターに問われ、少女は悩ましげに顔を傾ける。頰が限界まで肩に近づいたところで、


「そうだ! セラちゃん名づけてよっ」


 名案とばかりに、ぽんと手を打つ。


「私が?」


 自分を指さし、惑うセラ。そこへ少女が、身を寄せて畳みかける。


「あたしセラちゃんから出てきたし。だったらセラちゃん、お母さんみたいなものでしょ♪」

「全然違うわよっ」

「いいじゃんか、名づけてあげればいいだろ、マーマ」


 きししと笑うテスターににらみを利かせてから、セラは腕を組み、それなりに考え込んだ様子で、その名を口にした。

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