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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第4章 マネー! マネー! マネー!
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5.丑三つ時の狂乱③ ……なんであんたが。

「んぐっ……⁉」


 襟の後ろを強く引っ張られ、喉元が締め上げられる。しかし、そんなことはどうでもいいとばかりに力は勢いを増し、リュートを後方へと投げ飛ばした。

 1回転半の強制的な後転を経て、リュートは加速度的に動く世界から解放された。


「な……んだっ……⁉」


 身を起こして、顔全体を服の袖で乱暴にこする。邪魔になるだけの水気を飛ばせればそれでよく、すでにきれいに拭き取るということは完全に諦めていた。顔も髪も服も身体(からだ)もイカ墨まみれで生臭さ大爆発だったが、女子学生の心霊体験(?)が本当なら、時間が()てばイカ墨は消失するはずだ。

 リュートは立ち上がりながら、先ほどまで自分がいた場所に目を向けた。(ひと)(がた)への警戒と、回転の際手放してしまった()(けん)の位置確認、そして自分を投げ飛ばした者の正体を知るために。


(俺を投げ飛ばせるくらいだからテスター……いや、ツクバの馬鹿力を考えるとその消去法は意味ねーか)


 染みる目を何度もまばたかせて、ぼやける視界を調整する。

 ピントが定まっていく中見えた背中は、想像していたよりも大きかった。


「……なんであんたが」


 なによりも先に立つ不快感にまかせて、リュートは顔をしかめた。見るとその人物と(ひと)(がた)を挟んで、セラも同じような表情を浮かべていた。


「なにを醜く騒いでいる」


 急におとなしくなった(ひと)(がた)(たい)()しているその男――セシルは肩越しに振り返り、実際汚物を見るような目をこちらに向けてきた。自分は清廉だとばかりに、純白のローブをこれ見よがしに見せつけている(というのは完全にこちらの被害妄想だが)。その裾がイカ墨に浸ってしまえばいいのにと思いつつ、リュートは減らず口をたたいた。


「なんでもねーよ。ちょっと夜遊びしてただけだ」

「ほう、こんな時間にこんな場所でか。よほど注目されたいようだな」


 セシルは肩をすくめ、周囲をうかがうように首を振った。

 それでようやく気づいたのだが、いつの間にか寮室のドアが開け放たれ、何人もの訓練生が顔をのぞかせていた。ルームメートとささやき合っている者もいる。誰かが室内の電気をつけたのか、漏れてきた光で廊下が数段階明るくなった。


(まあ、これだけ騒げば当然か)


 なんの不思議もない成り行きに、半ば諦めて聞き耳を立てると。


「やだなにこの臭い。くさっ」

「え、なに? なんなの? なんで学長がここに?」

「ていうかあれって、もしかして狂乱童子?」

「その黒い塊はなに?」

「訓練生っぽくない? 男の」

「え、狂乱童子(ツー)ってこと?」

(ツー)じゃねえっ!」


 さすがにその誤解は諦めきれず、リュートは斜め後方――声のした辺りに怒鳴り返した。

 が、それは新たな誤解を生んだようで、


「じゃ、あんたがオリジナル童子?」

「ちげーよ進行形で生きてんぞ俺はっ!」

「一番狂乱してるっぽいけど」

「ほっといてくれ!」


 靴裏で足をがんがん打ち鳴らし、やけくそに叫ぶリュート。まさに狂乱といった体だが、一応理性は残っていた。

 リュートが注視したのは(ひと)(がた)だった。(ひと)(がた)は急に数を増やした者たちに対処しきれず、辺りを見回したじろいでいる。加えてセシルを見る目には、わずかにおびえの色が混じっていた。


(今なら簡単に斬れそうだが……)


 大勢の注目を集めている中、()(かつ)に刺激するのはやぶ蛇になりかねない。(ひと)(がた)の様子を見る限り、セシルを父さんと呼び出してもなんら不思議ではない。

 そんなリュートの葛藤をよそに、セシルが声高らかに口を(ひら)く。


「今は特殊事態対処中だ。各自不干渉を貫け」


 しかし訓練生たちは好奇心が勝っているのか、珍しくもセシルの命令に鈍い反応を示した。

 ほとんどの訓練生が従わない状況を見て、セシルはトーンを落として静かに続けた。


「もう一度言う。部屋に戻れ。無論聞き耳を立てるのも許されない。従わぬ者には罰則を科す。とびきり重い罰則をな」

「……どのくらいですか?」


 好奇心の充足と、心身の不利益を(はかり)にかけて問う訓練生。

 セシルは「ふうむ」とうなずき、


(みな)、その名を聞いたことくらいはあるのではないかな。リュートという問題児の名を。従わぬ者は今後、その生徒と同じ扱いをする」


 ばたたたんっ! と一斉にドアが閉じた。


「うわ……お兄ちゃんの知名度ってすごい……」

「ドン引きしながら感心するな」


 一転して静かになった廊下にむなしさを覚えながら、リュートは八つ当たり気味にセラへと告げた。

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