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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第4章 マネー! マネー! マネー!
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5.丑三つ時の狂乱① なんてことするんだ……

◇ ◇ ◇


 夜間用の低照度の明かりの(もと)、廊下をひた走る。

 (ひと)(がた)は壁をすり抜けたりもせず、真っすぐ廊下を移動していた。その点は後を追うのに都合が良い。ただ、


「畜生……みんな僕を馬鹿にして……」


 廊下を(はい)(かい)する理由が恨み節を吐き散らすことにあるのなら、リュートとしては迷惑千万だった。寮の1階は大浴場や洗濯室などの共用空間で占められているので、この深夜では――外出禁止の時間帯にあえてうろつこうとする()()()がいない限り――そうそう聞かれることもないだろうが……


「おいお前! ()まれ!」


 なるたけ足音を抑えて走りながら、(せい)(はい)の小瓶を手に声を上げる。

 あれがリアムを模しきれているのかは(はなは)だ疑問が残るところだが、取りあえず彼らはしゃべり過ぎだ。下手に秘め事を吐かれては困る。できれば自分の手で、それもツクバがなにか勘づく前になんとかしたい。それがかなわぬなら、最悪セシルに対処を頼むことも視野に入れていた。

 問題は、どうセシルに報告するかというところ。


(あのクソ野郎のことだ。セラの身体(からだ)から出てきたなんて言おうものなら、真相解明のためと称してなにするか分かったもんじゃねえ)


 それら一連の思考の流れを経ても、前方を行く(ひと)(がた)()まる様子を見せない。もうすぐ寮の突き当たりだ。


(壁や天井を透過されたら厄介か)


 リュートは足音を消すのは諦めて、走るスピードを上げた。小瓶の蓋を取り、距離を詰めながら前方の(ひと)(がた)へと投げつける。

 小瓶は中の灰をまき散らしながら回転し、弧を(えが)いて(ひと)(がた)を通過した。そのまま地面に落ちて砕け散る。


(お?)


 リュートは期待に眉を上げた。(ひと)(がた)が動きを()め、こちらを振り返ったのだ。

 今度はイカ墨が来ても()けられるだけの距離を十分に取り、(ひと)(がた)と向き合う。自分で処理できなかったとしても、なにかひとつくらいは報告できることを見つけたかった。


「お兄ちゃんっ」


 ぱたぱたとした足音とともに、セラの声が耳に届く。

 リュートは(ひと)(がた)を見たまま後方へと返事した。


「お前も来たのか?」

「心配だしね、一応は」


 セラはリュートの横に並ぶと、事務的に続けてきた。


(せい)(はい)ぶつけたの? 効果は?」

「さあな。少なくとも気は引けたみてーだけど」


 目を細めて様子をうかがう。(ひと)(がた)はうつむき、ぶるぶると肩を震わせていた。


「なんてことするんだ……」


 犬歯をむき出し、ぎっと顔を上げる(ひと)(がた)。もし目が付いていれば、瞳を怒りにたぎらせている勢いだ。

 そして次の瞬間、(ひと)(がた)は急に(じょう)(ぜつ)になって、怒りを爆発させた。


「常識で考えろよ馬鹿かっ⁉」

「へ?」

「人に粉の入った瓶を投げつけるなんて、非常識もいいとこだっ! 一体どんな親に育てられたらそーなるんだよ⁉」

「あ、えと。わ、悪い……」


 思わず謝ってから、後追いで思い出す。


「いやイカ墨ぶっ放したお前に言われたくねーよ!」

「イカ墨って言うな!」

「じゃあイカ墨吐くな!」

「うるさい! 死ね!」


 子どもらしいといえば子どもらしい直情的な結論を提示して、(ひと)(がた)がイカ墨を吐き出してくる。先ほどを上回る量だ。血液だったら軽く致死量を超えている。


「ぅわっ⁉」


 セラをかばうようにして身を引き、なんとかイカ墨攻撃を回避する。

 (ひと)(がた)は一言「死ね!」と付け加えると、天井を透過し2階へと行ってしまった。

 天井を見上げて舌打ちをするリュート。


「あのガキっ!」

「自分でしょ」

「俺じゃねえ! つかどっちかっつーとお前だろ!」


 リュートは身体(からだ)を反転させ、ここから一番近い西階段へと向かった。ついでに、うやむやになっていた話題を蒸し返す。


「さっき言いかけてたよな? 『最近ちょっと』なんなんだっ?」

「それは……」

「この期に及んでごまかすなよ? 理由も理論も不明だが、あれがお前から出てきたことに間違いはないんだ」

「分かってるわよ」


 階段を駆け上る足は()めずに、セラが不承不承続ける。


「なんか最近変なのよ。違和感があるっていうか……私の中に、別の私がいるみたいな……」


 がすっと空気を踏み抜いたのは、動揺のあまり踊り場で、ないはずの最上段プラス1段を上ってしまったからだった。


「お前それっ……」


 足裏に伝わる痛みはこの際無視して、リュートはセラの腕をつかんだ。立ち止まって問いただす。


「それってお前の中に取り込まれてるっていう、()(しん)じゃないのか?」

「たぶんね」

「なんでもっと早く言わねーんだよ⁉」

「言ったってなにかできるわけでもないじゃない。違和感すらあやふやで、どう伝えればいいのかも分からないのに」

「それでも話すくらいしろよ!」


 (のん)()に受け答えするセラに、つい責め立てる口調になってしまう。

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