表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第4章 マネー! マネー! マネー!
183/389

3.故郷の幻影④ 回帰形態

 うっすら予想していたとはいえ、リュートは驚きに目を見張った。()(しん)の鳴き声など聞いたことがない。


(これが次元を挟まない()(しん)ってことか)


 だからといってやることは変わらない。

 カートリッジを()(けん)(つか)へと挿し込み、血の(やいば)を具現化させる。

 ()(しん)の方も目標を明確に捉えているのか、迷わずこちらへと向かってきた。

 と、ようやくタカヤが追いついてくる。

 彼の動きに違和感を覚え、リュートは横目で問いかけた。


「どうした?」

「すみませんっ……なんだか、身体(からだ)が重くて……」


 息を切らしながら答えるタカヤ。


(存在感が寄っているのか……!)


 電流の影響で、存在の比重がさらに元始世界へと傾いたようだ。もしかしたらタカヤの姿は、すでに箱庭世界に映っていないかもしれない。


「なら、ひとまずそこで待ってろ」


 そう言い置いて()(しん)へと向かう。近づくことではっきりし始める()(しん)の輪郭に、リュートは小首をかしげた。最初見たときは、目の錯覚かなにかかと思ったのだが……

 いつも見慣れているはずの()(しん)の形態が、(いびつ)だった。

 通常時の()(しん)に確認できる卵形の頭部や、がっしりとした胴回り。

 眼前の()(しん)では、それらは、穴ぼこが()いたようにゆがんでいる。粘土細工で()(しん)を作ろうとして、失敗したような(いびつ)さだ。


(もしかして、あれが回帰形態か?)


 完全に消滅させることのできない()(しん)は、箱庭世界から排された後、どこかでまた『生まれ直す』。かつて元始世界で戦っていた時のように。

 生まれ直した直後の形態は、目の前にいる()(しん)のようにゆがみを生じている。回帰形態では(げん)(しゅつ)がきかないため、箱庭世界にいては見ることのない姿だ。

 教科書でこの項目を見た時は『じゃあ不要じゃんこの知識』と思ったものだが、巡り巡ってここで役立つとは思わなかった。


(通常形態と回帰形態で、基本的な特性が変わることはない。しかし(しん)(たい)能力では前者に、知性では後者の方にやや分がある)


 教科書の記述を思い起こしながら、リュートは足を踏み込んだ。

 軽く交えたフェイントは――これが分があるということなのか――意外にも見切られた。それでも相手の一撃を()けてしまえば、(すき)はどこかに見つけられる。

 たっぷりと()(しん)を引きつけてから身体(からだ)をひねり――がくんっ、と前につんのめる。


「⁉」


 慌てて振り向くと、上着の裾を()(しん)がつかんでいた。


(やべ!)


 リュートは上着を着てきたことを痛烈に後悔した。

 箱庭世界では、()(しん)はこちらの装備に触れられない。自然、()(しん)(たい)()した時はそれ前提の動きとなる。

 しかし、元始世界に比重を置いた今。過激な地球人に対する防具はそのまま()(しん)にも通用すると同時に、考慮せずに動けば完全に邪魔な付属物となってしまう。


「くそっ」


 ()(しん)の爪が上着の裾を切り裂き、こちらへと迫ってくる。

 回避とともに体勢を立て直し、リュートは腰を深く落とした。限界まで絞られたバネのように身体(からだ)を緊張させ、足裏で強く地面を蹴る。


(このまま懐に飛び込めばなんとかっ……)


 そう思った矢先、まさに最悪なタイミングでそれは訪れた。


「――⁉」


 ずんっ、と突然身体(からだ)が重くなる。タカヤを襲った症状が、リュートにも現れたのだ。しかも今朝よりももっと重い。


「やっぱ俺もなんのかよっ!」


 罵声を上げて急制動。

 全力で撤退する。こんな状態では、()(けん)をろくに振るうことすらできない。


「リュート先輩っ……」


 状況を察したタカヤが声をかけてくるが、リュートは先ほど同様、指でそこにいろと伝えて道を引き返した。向かうは女神の神殿だ。


(これで役に立ったら、少しは(あが)(たてまつ)ってやるよ!)


 記憶の中の暴君に不遜な言葉を吐き、()(けん)を解いて必死に手足を動かす。


(くっそ、のろ過ぎんだよ!)


 重い。重過ぎる。

 これが本来の自分の体重なのかもしれないが、今まで軽減された体重で生きてきたのだから、今更正常値に戻られても困るというものだ。


 あまりに鈍い。遅い。のろい。自分で自分の足を蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、それでは転倒するだけだ。さすがにそこまで馬鹿ではない。

 こうなってくると午前中、疑似質量形成による体重倍加を体験したのが、不幸中の幸いではある。ほんのわずかな幸いだが。


 なんとか神殿へとたどり着き、(ひら)きっぱなしの入り口へと身を滑り込ませる。リュートがなんとか通れるくらいの隙間なので、もっと扉を(ひら)かなければ、()(しん)には到底抜けられない。が。


 鈍い音を立てて石扉が砕ける。

 リュートは()まることなく奥へ進んだ。

 ()(しん)は身をていして扉を壊しても、さしたるダメージは受けていないようだった。あっという間に追いついてくる。


 壁際に追い込まれたリュートは、突っ込んでくる()(しん)をギリギリでかわした。

 これも知性故なのか、()(しん)は《()》をかばうようにして壁に激突し、もろくなっていた壁面を崩壊させる。

 構わず壁際を走るリュート。すぐに()(しん)が背後に迫り――


《……クイ……ガミ……》


「?」


 ()けようとしたところで思いとどまる。


《……エセ……カエセ……ワレラノセ……ヲ……イノチヲ……》


(話した⁉)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ