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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第4章 マネー! マネー! マネー!
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3.故郷の幻影① 僕のせいなんだから、僕が行く。

◇ ◇ ◇


「どうしたタカヤ⁉」


 悲鳴からにじむ(さく)(がく)の念にただならぬものを感じ、リュートはタカヤの前へと回り込んだ。

 タカヤは飛び出さんばかりに目を見開き、


「先輩っ、俺今、俺たちの次元に――」


 ぶつりと声が途絶える。

 タカヤが話すのをやめたわけではない。今現在も彼は口を動かして、必死になにかを伝えようとしている。ただその言葉が聞こえない。


「おい、大丈夫か⁉」


 リュートは焦り、タカヤへと手を伸ばした。それは彼の肩口へと()れ――ずに、なんの感触もなく空を切った。


「なっ……⁉」

「な、なにっ? なにが起きてるの⁉」


 明美が悲鳴交じりの声を上げる。

 タカヤに目をやると、彼はリュートが触ろうとしたことそれ自体に気づいていないようだった。ひどく(ろう)(ばい)した様子で周囲を見回している。


(なんだ……? なにを見ている⁉)

「タカヤ! おいタカヤ⁉」

「無駄ですリュート様! タカヤさんは恐らく、元始世界を見ています!」


 セラの指摘は的を射ているのだろうが、だからといってなんの役にも立たなかった。

 と、タカヤがなにかに気づいたように、こちらに顔を向けてきた。

 一瞬呼びかけが通じたのかと思ったが、違うらしい。

 タカヤはリュートの顔のさらに後方、遠くを見るように目をすぼめて、歩きだした。

 空に向かって。


「⁉」


 動じて一歩引くリュートに、タカヤは――認識できていないので当然だが――ひるむことなく突っ込んできた。

 そのまま()()()()()()()()()、斜め上方へと歩き続ける。まるで坂を上っているかのように。


「これはすごい」


 引きつった笑みを顔に張りつけて、フリストがつぶやく。


「存在のほとんどが、元始世界に寄っている」

「なに(のん)()なこと言ってんですか! もしも鬼が来たらっ……」


 リュートは歯ぎしりした。

 未知の世界にたったひとりで、武器も持たずに。


(危険過ぎる……!)


 考えなしに実験に参加したことを悔やんだ。


「今すぐ装置を解除してください!」


 八つ当たり気味にフリストの胸倉をつかみ、せっつく。


「しかしそれも危険じゃないか?」


 フリストはリュートの手首をつかみ、冷静に反論してきた。


「電流を()めれば、確かにいずれ平常時の質量に戻るが……恐らくタカヤ君には、もうこちらの世界が認識できていない。体感するのも実際に踏んでいる地も、向こうの世界だ。こちらの世界では空中や地中にあたる地点にいるとき、もしこちらの世界に『戻って』来たら……」

「だったら俺が連れ戻します!」


 押しのけるようにフリストから手を離すと、リュートは身を翻して籠を探った。


「連れ戻すには装置を着ける必要がある。それでは君もこちらの世界を見失ってしまう」


 フリストの主張をよそに、てきぱきと上着や剣帯、()(けん)を身に着けていく。その動作に合わせるように、リュートは(すべ)らかに言葉をつづった。


「タカヤは少しの間、ふたつの世界を同時認識できていました。なら俺だってそうなるはずです。その間に両世界の位置関係を、座標を通じて捉えます。それに失敗したとしても、最低限この地点に対応する向こうの座標さえ把握しておけば、戻ってくるのに支障はありません」

「なら僕が行く。僕のせいなんだから、僕が行く」

「不本意ながら先輩の研究は確かに、(わたり)(びと)への貢献可能性をはらんでいます。もしものことを考えれば、行くべきではありません」


 横目で、フリストの提案をすぱっと退けるリュート。段ボール箱から取り出した装置を装着し始めると、セラがつかつかと歩み寄ってきた。


「リュート様、教官を呼ぶべきです!」

「あいつはどこかへ向かっている。今追わないと、追いつけなくなるかもしれない」


 淡々とセラに返し、最後に、段ボール箱内に入れられていた、タカヤの荷物一式を手に取る。リモコンらしき物をフリストへと放り投げ、


「準備できました。お願いします先輩」

「しかし――」

「いいから早くっ!」


 鋭く叫ぶ。タカヤはもう何メートルも上方を歩いていた。


「わ、分かった……」


 勢いに()される形で、フリストがリモコンを操作する。

 すぐに今朝と同様の電流が、(から)()(じゅう)を走り始めた。


(効果が出るには、若干のタイムラグがあったはず)


 分かってはいても、それをただ待つだけというのはもどかしい。

 はやる心を抑えていると、こちらを見つめる明美と目が合った。


「悪いな須藤。なんかごちゃごちゃしちまって」

「それはいいんだけど……大丈夫なの天城君?」

「たぶんな」


 リュートは曖昧な笑みを返した。

 と――

 ――ざんっ。

 目の前の景色に重なるように、もうひとつ別の景色が現れる。


(これか、タカヤの見たものは)


 顔をしかめながら辺りを見渡す。同時に存在する世界というものは、ひどく頭を混乱させる。

 が、悠長に観察している余裕もない。


 リュートはあらゆる感覚を動員する心持ちで、座標情報をかき集めた。とにかく箱庭世界の情報が遮断される前に、迅速に位置関係を把握しなければならない。

 両世界の空間座標を別個に取得し、複数地点のサンプルから調整係数を割り出す。


 なんとかそこまで行ったところで、箱庭世界の景色が急速に薄れていった。

 リュートは重複する景色を見比べながら、数歩分身体(からだ)を移動させた。今立っていた場所では、向こうに行ったときに足先が埋まる――どころか、下手すれば存在原理から(とう)()されて消失してしまう。


「俺がこの地点に戻ってきたら、電流を()めてください」


 薄まるフリストの顔に伝えると、彼は不安げな面持ちで聞き返してきた。


「……戻らなければ?」

身体(からだ)くらいは(かえ)ってきたいんで、どのみち()めてください」


 その言葉を最後に、箱庭世界が消失した。


◇ ◇ ◇

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