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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第4章 マネー! マネー! マネー!
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2.至極まっとうで謙虚確実な報酬の取得手段すなわち有償奉仕① うれし恥ずかし喜ばしい限りです。

◇ ◇ ◇


 白く大きな綿雲が、ゆっくりと空を移動していく。遅々としたその進みに引きずられ、体感時間まで狂わされそうになる。雲と一緒に空を旅する自分を夢想すれば、どこまでだって飛んでいける。時間を気にせず目的もなにもなく、ただ彼方(かなた)をめざして進めるのは、きっと最高の(ぜい)(たく)なのだ……

 本格的にとらわれる前に、セラは雲から目をそらした。


(ちょっと早く来すぎたかしら)


 約束の時間までは、まだ少しある。駐車場のコンクリートブロック塀に腰掛けているだけでは、時間つぶしの(すべ)も限られる。

 暇を持て余していると、誰かが近づいてくる気配があった。


 待ち人かと思って顔を向けるも、全くの他人。待ち人と共通する特徴といえば、男であるということと、G専科の制服を着ているということくらいだ。

 (わたり)(びと)の標準的な髪色である金髪(ブロンド)に、実直そうな顔立ち。制服に入っているライン色――落ち着いた深緑色――からすると、4回生ということになる。


 少年は、持ち手付きのブラシやら洗剤やらを入れたバケツと、巻き取りホースをそれぞれ手に持ち、どこかに向かっているようだった。恐らくは洗車でもするのだろう。守護騎士(ガーディアン)の車の洗浄は、有償奉仕活動のひとつだ。

 不思議なのは、少年が、通りがかりというには強過ぎる視線を浴びせてきたこと。


(知り合いだったかしら?)


 考えてみれば見覚えのあるような気もしてきたが、何年も同じ施設で育っているのだから、それだけでは全く参考にならない。

 などと思いながら「おはようございます」と挨拶すると、


「お、おはようございますっ」


 びくりと肩をすくませ、少年が不意を突かれたように返してきた。その際に揺れたバケツから、ブラシが落ちる。

 セラはブロック塀から、ひょいと腰を上げた。かがみ込んでブラシを拾うと、少年のバケツに戻し入れてやる。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 恥ずかしそうに礼を述べる少年。

 そのまま立ち去るかと思いきや、彼はこちらの顔を見つめて聞いてきた。


「セラ先輩……ですよね?」


 形式的に確認したというだけで、少年自身は確信しているような聞き方だ。


「そうですけど……どこかでお目にかかりましたっけ?」

「はい。ほら、半年前の(そん)(すう)シンポジウムで」

「……ああ!」


 ようやく合点がいく。

 少年の顔に見覚えがあったのは、セラが出席したシンポジウム――女神を(あが)(たてまつ)る、薄ら寒くて全くもってクソみたいなお遊戯発表会だ――で、彼も発表者として出席していたからだった。

 少年は両手の荷物を地面に置くと、両拳を握った。


「セラ先輩のスピーチ、本当に感動しました!」

「あなたも発表されてましたよね。確か……」

「4回生のタカヤです! 俺、先輩のこと尊敬してます!」


 名前を思い出そうとする暇すら与えず、タカヤがずずい、と詰め寄ってくる。


(あるじ)の役に立てぬ手足など言語道断、即刻もぎ取り番犬の餌とすべし――あの言葉は俺の指針となりました! なんてったって書き出して、今も寮室の壁に張ってあるほどですから!」

「そーなんですかそーですか、うれし恥ずかし喜ばしい限りです」


 狂気の言葉を毎日視界に入れざるを得ないルームメートに同情しつつ、セラは適当に言葉を返した。


「まったく、他のやつらに先輩の爪の(あか)でも煎じて飲ませてやりたいですよ。女神様を敬う気持ちに欠けています! 特にあの――」


 勢い込んでいたタカヤが、ぶつりと言葉を切る。


「?」


 小首をかしげるセラに、彼は申し訳なさそうに続きを述べた。ゆるんだ拳を所在なさげに握っては(ひら)き、


「セラ先輩の手前、こんなこと申し上げにくいのですが……リュート先輩は、(しん)(ぼく)としての自覚に欠けています。あまりにひどくて……俺、見てるとたまに我慢できないって思う時があるんです」

(ああ、そういうことね。私が()()()()()を慕っているから)


 ()(けい)(けん)なリュートを、こちらの前では批判しにくいということか。


「そんなことないですよ」


 セラはぱたぱたと手を振った。

 別に流してもよかったが、不遜な態度が目立つほどに、兄が学長から目をつけられやすくなる。妹としてフォローしてやることにした。


「ああ見えてリュート様は、女神様のことを第一に考えてます。恥ずかしがり屋さんだから、周りにバレないようアウトローを演じてるだけです」

「そうなんですか?」


 信じられないと目をむくタカヤ。

 セラは調子に乗ってうなずく。


「はいっ。信頼する私だけに打ち明けてくれたんですけど、リュート様はそれはもう、これでもかっていうほど女神様に(きょう)(けい)してますよ! ただシャイなだけなんです。その内に秘めた(おも)いは頑強かつ徹底的で、誰もいない寮室の壁に向かってひとり延々と、女神様への(ちゅう)(あい)をつぶやき続けるほどです。シャイでミスティックで実はいい子。それがリュート様なんですよ!」

「……そ、そうなんですか?」


 『そうなんですか! 安心しました!』という返しを期待していたのだが、タカヤが見せた反応は、禁忌に()れて後悔する者のそれだった。思っていたより女神狂いではないようだ。

 ちょっと間違えたかもしれない。そう感じつつも、


「はい、そうなんですよぉ」

 まあいいかと、セラは間違いを貫き通した。


◇ ◇ ◇

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