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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第4章 マネー! マネー! マネー!
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1.極めて健全かつ堅実身近な資金調達方法すなわち学内バイト⑤ 信じますよ先輩!

◇ ◇ ◇


「ふうむ。どうやら疑似質量形成装置は、現場に到着してから使用した方がよさそうだね」

「そ……です、ね……」


 ぜえはあと息を吐き、前方へと視線を送りながら、心底同意する。

 視線の先には一体の()(しん)がいた。

 白い身体(からだ)も巨大な赤い《()》も見慣れた特徴だ。

 しかし広大な運動場の片隅にたたずんでいるからなのか、いつも通り巨体であるはずなのに、()(しん)は心なしか一回り小さく見えた。


「こっちには、まだ気づいてない、ようですね……」


 一息に言えず、途切れ途切れに言葉を吐く。

 (げん)(しゅつ)地点自体はクラブ棟のすぐそばで、さほど距離があるわけではなかった。にもかかわらずこの体たらくというのは、我ながら情けないが。


(それでも、少しは慣れてきたな……)


 身体(からだ)を動かすコツ、というものがなんとなく分かってきた。あとは終始流れ続ける微弱電流が鬱陶しいが、()めるわけにもいかないので、これも我慢するしかない。


「さあ。準備はいいかい、リュート君」


 言いながら、フリストが()(しん)へと近寄っていく。


「ちょ、先輩っ……もう少し待――」

「来るよ!」


 フリストが叫ぶ。彼は軽やかなバックステップで、進んだ分を一気に後退し、リュートを素通りして後方に避難していった。

 求める獲物を見つけた()(しん)が、フリストの誘導に簡単に乗って、こちらへと駆けてくる。

 リュートも意を決して足を踏み出した。


「信じますよ先輩!」

「ああ信じてくれ!」


 力強い応答を背後に、重い身体(からだ)を強引に動かしながら()(しん)へと接近する。すれ違いざまに()れてみて、疑似質量の効果を確認の(のち)()(けん)で斬るつもりだった。が、


「?」


 頭上から、ふわっとなにかが首に掛かる。ヘッドギアのせいでよく見えないが、それは優しくリュートの首筋をなで、


「ぐがっ⁉」


 ぎゅっと首を締め上げられ、リュートは背後に引っ張られた。とっさに伸ばした両手の指が、首と首に巻きついたなにか――恐らくは縄だ――との間に挟まるが、身体(からだ)は止まらない。

 ずざざざっ、と引きずられながら、リュートは首から後ろに伸びる1本の縄を引っつかんだ。それを頼りに跳び上がって後方を向く。


「なにすんですか!」


 確認せずとも分かってはいたが、リュートの首を締め上げたのはフリストだった。見た目は優男のくせに、質量が倍加したリュートを苦もなく引きずるとは大した(りょ)(りょく)である。

 他人の気道を潰したことに思うところはないのか、フリストは縄を手に平然と――むしろとがめるような色を含ませて、


「今、()(しん)の攻撃をよけようとしただろう。それだと実験にならないじゃないか。君の役目は殴られることだ」

「口で言ってくださいよ! つか殴られるなんて危ないこと、できるわけないでしょう⁉」


 乱暴に縄を解いて言い返すと、フリストは打ちのめされたように目を見開いた。


「なんだい君は。僕の成果を疑っているのかい? 口では信じますとか言っておいて、それはないんじゃないかな」

「そうじゃなくて、わざわざリスク冒さなくとも、()れてみるだけで(じゅう)ぶ――」


 馬鹿だった。

 排除中に完全よそ見をしていたのは無論のこと、もし危なければ首締め男が警告を発してくれるはずだと、無意識に考えていたことが。

 フリストが大きく跳ぶのを捉えると同時、脇腹に衝撃が走った。


「ぐっ……」

「おや」


 はじき飛ばされながら聞こえたのは、フリストの間の抜けた言葉だった。

 リュートは起き上がると、すぐさま回避行動に移った。獲物に一撃を入れた()(しん)が、それで満足してくれるはずもない。

 ひとまず()(しん)から距離を取っていると、フリストのため息が聞こえてきた。


「やっぱり透過しないかぁ」

「やっぱりって⁉ 『信じてくれ』って言いましたよね⁉」


 聞き捨てならない台詞(せりふ)に物申すと、フリストは妙に気取った仕草で髪をかき上げた。


「まあ遊びで作ったようなものだし。失敗することもあるよ。本気じゃないからいいんだけどね、別に。遊びだし」

(うそ)でもほんとでもうぜえ!」


 叫んでヘッドギアを取り外す。()(しん)が透過できないなら、無意味どころか(かせ)でしかない。

 リュートはヘッドギアを地面に投げ捨てると、腕輪も外して放り捨てた。

 が、身体(からだ)は重いままだ。どうやら質量が戻るまでタイムラグがあるらしい。


「くっそ、なんの罰ゲームだよ!」


 それでも、微弱電流に(わずら)わされなくなった分だけマシともいえる。

 リュートは()(けん)を抜いて、(つか)にカートリッジを挿し込んだ。


身体(からだ)がもたないし、もう狩っちゃいますからね!」


 カートリッジ内のリュートの血液が(けん)(しん)に流れ込み、その穴から漏れいでる。

 いつも通り、血の(やいば)をイメージし――


「っ⁉」


 瞬時に広がった強烈な匂いと、なにより慣れ親しんだ感覚とは違う異物感に、干渉が阻害される。そして固形化しかけていた血液はあっけなく溶解し、地面を汚した。


「なっ……」


 腕を流れ伝う血を(がく)(ぜん)と見て、迫る気配に慌てて飛びすさる。


「あれ。君ひょっとして干渉力低い?」


 リュートは()(しん)の爪をやり過ごすと、きょとんとこちらを眺めるフリストに問いかけた。


「先輩! カートリッジになにかしましたっ?」

「キンモクセイの香料を混ぜてみたんだ」

「はあっ⁉」


 ()(ぜん)とする。


「んなもん混ぜたら意思干渉が阻害されるに決まってんだろ! なに考えてんだ⁉」


 敬語を使う余裕もなく(ろう)(ばい)し、リュートは()(しん)から逃げ回る。

 フリストは指先で毛先をいじりながら、


「エレガントな守護騎士(ガーディアン)も悪くないだろ? ()(けん)を振るうたびに、キンモクセイが(みやび)やかに香る」

「……もしかして、混ぜた理由はそれだけ? 機能向上とか全く関係なく?」

「ああ。いいだろキンモクセイ」

「キンモクセイにまみれて死ね!」

「余裕がなくなったからといって、人に当たり散らすのはよくないねリュート君」

「そーですねアホな理由で命の危機にさらされたくらいでキレてしまってすみませんでした!」

「分かってくれればいいんだ」

「言っとくけど妥協してんの俺ですからね⁉」


 (かん)(ごえ)で返し、リュートはフリストの元へと近寄った。


「先輩、カートリッジください! 今のと同じでいいんでっ」

「ないよ」

「んあっ⁉」


 受け取る前提で差し出していた手を引っ込め、金切り声を上げるリュート。


「仮にもAR専科生が、予備のカートリッジ用意してないってどういうことですか⁉」

「頑張れってことだねえ」

「あんたいちいちむかつくな!」

「無駄よリュー!」


 (りん)(ぜん)と響く声に、リュートは背後を振り返った。

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