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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第1章 神苑の守護騎士
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2.地球人と疑惑と渡人⑥ それは知らない者の特権だ。

◇ ◇ ◇


《願わくば、二度と相まみえぬことを》


 消えていく()(しん)に、リュートは心の中で祈りを(ささ)げた。日本語でも英語でもない、神僕(じぶんたち)の言葉――()()で。

 箱庭世界で生まれたリュートは、(しん)(ぼく)の故郷である元始世界を知らない。それでも(しん)(ぼく)の言葉を使う時、懐かしいなにかを思い出せる気がした。


(錯覚なんだろうけどな)


 それは知らない者の特権だ。知らないからこそ自由に想像できるし、対象を美化できる。

 ()(しん)が完全に消失するのを見届けると、リュートは()(けん)を垂直に構えて凝固を解いた。中心部から液状化した(やいば)は具現の過程を逆にたどるように、(けん)(しん)の穴から(つか)内のカートリッジへと流れ落ちていく。カートリッジは取り出して付属の蓋をはめてから、()(けん)の方は(けん)(しん)に残った血を制服の裾で拭ってから、それぞれ剣帯に収める。

 そこまで終えてようやく、脱力する。


「……あー、疲れた」


 ()(しん)自体に大した強さがなくとも、これで本日5体目である。昨日(きのう)と違って、授業中でも容赦なく(げん)(しゅつ)してきた。

 今日が異常に多いのか昨日(きのう)が奇跡的に少ないのかは分からないが、この(げん)(しゅつ)率にひとりで対応するのはかなりきつい。せめて授業を休憩時間に充てられればいいのだが、そういうわけにもいかない。

 昨日(きのう)今日で悟ったことは、頑張り抜ける気がしないということだ。


「つーか腹減った……」


 おなかを押さえ、うめく。

 我ながら情けない声だとは思ったが、先ほどから主張を繰り返している腹の虫の方が、もっと情けない音を出していた。すでに正午を回っているのだから、別段おかしな現象でもなんでもないが。


 実際周りには、昼食を晴天の(もと)で食べようと、数多くの生徒たちが集まっていた。この中庭はどうやら、昼食場所として重宝されているらしい。

 つまりその昼食スポットのど真ん中で()(しん)を排除していたリュートは、格好の見世物だったというわけだ。


守護騎士(ガーディアン)の子、今日はうまくやってるみたいね」

「だな。でも俺としては攻撃食らって吹っ飛ぶとかしてくれた方が、見てて燃えるんだけどなー」


 無責任な発言を聞きとがめ、リュートはぎろりと声の(ぬし)をにらみやった。


「なにか言いました? 苦情ですか? 無様に骨を砕かれたりしなくてすみませんね。次は脳髄まき散らして、あなたの弁当にぶっかけられるよう努力いたしますのでご容赦ください」


 空腹も手伝っての凶悪な目つき。

 生徒は慌てて目を伏せ、手元のパンへとかじりついた。


「ふん」


 鼻を鳴らし、リュートは校舎内へと向かった。その際、興味本位に見てくるやつらを視線で(けん)(せい)するのも忘れない。


(どいつもこいつも!)


 訓練校では、セシルに反抗して度々処罰を受けるリュートは、仲間たちのいい見世物だった。

 だが胃がよじれるほど不快な気分に陥ったのは、今回が初めてだ。突き刺さる好奇の目が見下しているようで、いちいち(しゃく)に障る。


(おおかた俺のことを、芸ができる珍獣とでも思ってんだろーよ)


 乱暴な決めつけだが、当たらずとも遠からずといったところだろう。

 むかつきを抑えながら購買コーナーまで行き、


「メロンパン3つくれ」


 いらいらを引きずったまま素っ気なく注文すると、


「ないよ」


 素っ気ない答えが返ってきた。どうやらリュートの態度がお気に召さなかったらしい(よく考えれば当たり前だが)。

 女――50代ほどだろうか――が、鼻に(しわ)を集めて手前の長机を指し示す。


「あるのはこれだけさ」


 そこには忘れ去られたかのように、(さび)しげに並べてあるパンが3つ。鮮やかな緑色をしており、メロンパンのように丸い。見た目はとてもおいしそうだが……


 リュートはそれを(いち)(べつ)した(のち)、上目遣いで女に尋ねた。


「これは?」

「激わさびパンさ」

「激……」

「いるかい?」

「いえ結構です」


 おなかを押さえて()(ねん)げに断るリュートを見て、かわいそうに思ったのか。女は多少同情気味に付け加えてきた。


「仕事もあるんだろうけど、欲しけりゃもっと早く来るんだね。昼休みの購買は、最初の5分が肝心なんだから」

「そうですね。今度鬼に頼んでおきます。(げん)(しゅつ)時間をずらしてくださいって」


 暗いまなざしで笑い、立ち去ろうとするリュート。

 そこへ横手から声がかかった。

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