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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
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4.終息する変事④ 断罪者のような心地で他人を蔑む。

◇ ◇ ◇


 最初は、小学生時のたわいない悪口だった。

 むかついた友達の悪口を、他の友達にちょっと(おお)()()に言い触らす。悪い言葉をひとつ吐くたびに、気分が()()とするのを感じていた。


 悪口はいけないと大人には教えられたが、『正当な理由のある』悪口なら問題ないと思っていた。だって不適切な言動をした政治家や芸能人は、テレビやインターネットで散々罵られているから。大人たちも好き放題言っていたから。

 いい人を悪くは言わない。対象はあくまで悪いやつだ。いかに悪いやつかという事実を共有するため、周囲に伝えてあげるのだ。断罪者のような心地で他人を蔑む。気がつけば、すぐに他人の陰口をたたくような人間になっていた。


 いわゆる模範的な人物像と自分がかけ離れていると気づいた時には、大量の(あく)(げん)を放出し過ぎていた。


 しかしその時は、小さな(うそ)で自分をごまかせた。自分にこんな悪い言葉を吐かせるようなやつが悪いと。

 (うそ)はどんどん大きくなり、それに見合うなにかを求めるように、言葉の暴力はもっと物理的なものへと変じていた。


 ()められなかった。()めてしまえば、今までしてきたことの全てが、自分に決定的ななにかを下してくる。自分が善良な人間でないことは分かっていた。しかしそれ以上は向き合えなかった。認めてしまえば自分のあまりの卑小さに嫌気が差すから。

 半端にいい人ぶるやつなんか嫌いだった。模範的な人間になり損なってるくせに、自分は『そっち側』にいると勘違いしているおめでたいやつら。自分の卑しさに惑うことすらなく、こちらを糾弾してくる。同じ穴のむじなのくせに。




「……っはあ」


 光を求めるように、(りん)は扉を押し開けた。

 思っていたほど強い光を浴びることもなく、屋上へと飛び出す。空は梅雨雲に覆われており、すがすがしい気持ちには到底導いてくれそうにはない。


「っふ……」


 暴れる肺を落ち着かせようと、浅い呼吸を繰り返す。自分の身体(からだ)なのに思い通りにならないことが理不尽に感じて、余計に心をかき乱される。


「なんなのよっ……」


 歩を進めながら歯をきしませる。


「私は……悪くないっ」


 音にするとむなしさが際立ち、(りん)は顔をゆがめて口を閉じた。


(私は……)


 胸中ですら続かない。途絶えた言葉を探すように、屋上を見渡す。

 と、後方から音が届いた。硬いなにかが、コンクリートの屋上を擦る音。


「?」


 振り向くと、塔屋のそばに()びついた鉄パイプが何本も、打ち捨てられたように置かれていた。それらがひとりでに動いている。


(ここなら危険物はないと思ったのに……!)


 直接的な痛みを想像させるフォルムに、(りん)の肌が泡立った。

 十数本の鉄パイプが、頼りなく揺れながら浮き上がる。

 ポルターガイストの演出も、だいぶ様になってきたようだ。()(じん)もうれしくないどころか、(りん)にとっては絶望を際立たせる要素でしかなかったが。

 1本の鉄パイプが狙いを定めるように、こちらへと先端を向ける。それは合図に感じられた。


「っ!」


 とにかく大きく右に動いて、(りん)は飛んできた鉄パイプをやり過ごした。人肌をえぐり損ねた鉄パイプが、コンクリートに当たって跳ねる。


(どこか隠れる場所はっ……?)


 最初に目についたのは、校舎内へつながる塔屋の扉だった。しかし、まさにその扉の前に、鉄パイプが群れている。突っ込んでいく勇気はなかった。

 考えに費やす時間もない。(りん)は、鉄パイプに背を向けて走りだした。


(とにかく、また収まるまで逃げ続けないと)


 ぐるりと回って塔屋の裏手に出たところで、


「きゃっ⁉」


 上から先回りしてきたのだろう。前方から突撃してくる鉄パイプにひるみ、一瞬足が止まる。

 止まるべきではなかった。


「――っい⁉」


 右足首に、後方から貫くような衝撃が走る。

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