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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
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2.くすぶる憎悪⑦ まるでそこが在るべき居場所だとでもいうように

「――ゥ! リュー⁉」

「――っ!」


 はっとして目を見開く。吸い込んだ空気が鋭く喉奥に突き刺さった。

 立っていたはずなのだが、いつの間にか()つん()いになるようにしてうな垂れていた。ツクバが瞳に焦燥の色を浮かべ、こちらの顔をのぞき込んでいる。


「どうしたの? 大丈夫?」

「なんか、効果あったっぽいですよ。ただ……」


 リュートは額ににじんだ汗を、小刻みに震える手で拭った。


「……これはなかなか、こたえますね」


 (ざん)(こん)の憎しみが入ってくる。リュートの心をかき乱し、奥底の憎悪を拾い、膨張させ、()()やりにでも同調していく。

 誰にだって憎いものはある。潜ませているだけだ。本当はぶつけてやりたい。この気持ちをたたきつけて、思い知らせてやりたい。殺したいほど憎いあいつに。

 そう、俺はあいつを――

 女神を殺したい。


(――っ!)

「決めるのは俺だ! 勝手に押しつけんなっ!」


 わめき立て、リュートは道具の山から崩れ落ちていたナイフを引っつかんだ。そして聖水が塗り込まれたという(やいば)で、破れかぶれに左腕を斬りつける。


「リュー⁉ なにをっ――」


 制服が裂け血しぶきが舞う。

 吹き出た血とともに、確かになにか別のものが出ていく感覚。

 バシッとはじけ出る衝撃に後方へ飛ばされ、一瞬視界を失った。


(ざん)(こん)っ⁉」


 ツクバの(きょう)(がく)する声を頼りに方向を定め、リュートは身を起こしながら(ざん)(こん)の姿を探した。

 飛ばされたのは10メートルほどらしいと、前方に立つツクバの後ろ姿から把握する。

 彼女は宙を見上げていた。宙に浮かぶ鬼火を。


 いわゆる怪談話に出るような『幽霊』は、(ざん)(こん)の延長線上にある(うわさ)(ばなし)にすぎない。

 しかし、(やみ)()でない明るい空間に漂う鬼火は、まるで場違いな怪奇現象のように思えた。

 ゆらゆら揺れる鬼火は――なにを思ったのか、ツクバに向かって急降下し始めた。


 なにが起きるのかは分からない。だが防ぐべきだと直感が告げていた。

 リュートはツクバの元へと駆けだしながら、胸元の羊の(どく)()をつかみ、首(ひも)を引きちぎった。そのまま振りかぶり、


「伏せろツクバッ!」


 思いきり投げつける。

 理解してか反射的にかは不明だが、ツクバが応えるようにして地面に()いつくばる。

 突撃のライン上からツクバが外れたことで的を失った(ざん)(こん)に、空を切り裂く(どく)()が食い込み――特に何事もなく通り過ぎていった。


「役に立たねえええ!」


 頭を抱えて速度を上げる。ツクバの上を通り過ぎた(ざん)(こん)が急カーブを(えが)いて、再び彼女へと接近したその時、


「この野郎!」


 なんとか滑り込むように、リュートは両者の間へと割り込んだ。盾のようにかざした左腕から、流れ伝っていた血がしずくとなって宙に舞う。

 鬼火は左腕に()れると、まるでそこが()るべき居場所だとでもいうように、吸い込まれるようにして消えていった。

 そして再び、リュートの身体(からだ)(ざん)(こん)の憎悪が駆け巡る。

 許さない。ユルサナイ。まずハ、あのオンナだ。

 あノ女カラ、痛メつけテヤル。あのオンナ――ツノザキ!


「角崎っ⁉」

「いやあたしツクバだけど」


 背後で上がった端的な突っ込みに構う余裕もなく、リュートは考え込んだ。見下ろした左腕は派手に血に()れていたが、見た目ほどひどい傷ではない。

 ただその傷奥に潜んだ(えん)()が、ずきずきとしたうずきとなってなにかを訴えている。

 『ツノザキ』への憎悪が駆け巡った時に(ざん)(こん)から流れてきたイメージは、リュートの知っている女と合致していた。


(こいつ角崎に恨みがあるのか? (ざん)(こん)に恨まれるなんて、そんなことあいつが……まあしててもなんら不思議ではないっつーか納得つーか……)


 角崎(りん)が絡んでいると分かった途端、とんでもなく貧乏くじを引かされている気がして()()ってくる。しかも結局、(ざん)(こん)()かれたままだ。


(まあそれでも、未練に関わる人物が分かっただけでも前進か)


 多少強引に前向きな点を見つけ出し、リュートはツクバを振り返った。


「先輩のおかげで、少し前進しました。ありがとうございます」

「? よく分からないけど、どういたしまして――それより」


 にっと表情を変えて、ツクバ。


「さっきあたしにタメ利いたね」

「え? あ、いやあれは、場合が場合でしたし……」

「関係ない、生意気! 罰としてあたしの実験に、とことん付き合ってもらうからね」

「いやでもっ――」

「大丈夫! その左腕、絶対なんとかしてあげるから」


 言ってツクバは、悪意の(かけ)()も感じない、魅力的な笑みを浮かべた。


「そりゃ……ありがとうございます……」


 リュートは空を仰いだ。

 こんな時に祈れる神がいないというのは――祈ればむしろ災難をもたらしそうな女神など論外だ――結構不便なものなのかもしれなかった。


◇ ◇ ◇

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