表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
135/389

2.くすぶる憎悪① なにやってんだ、俺。

◇ ◇ ◇


 (ひら)かれた窓からは陽光とともに、すがすがしい空気が入り込んでくる。まだ朝の静寂を楽しむような時間帯ではあったが、交錯する足音が、一足先に体育館内に活気をもたらしていた。

 バスケットボールに興じる訓練生たち――2、3回生くらいか――を目で追いながら、ひとりつぶやく。


「なにやってんだ、俺」


 言葉通りの答えが欲しかったわけではない。自分を見失うほどには自棄していない。

 ただ、眠気を引きずる土曜の早朝。

 体育館の隅に座り込み、いわれのない――いや、一応はあるのだが――(とが)による雑務に準じていれば、なにかに問いかけたくもなる。

 リュートの右隣にあるのは、なみなみと薬液の張られた大きなたらい。底には十数本の()(けん)が、折り重なるようにして沈んでいる。

 そこから1本を取り出し、タオルで丁寧に薬液を拭き取ると、左隣に広げられたシートへと置く。


「整備に出された()(けん)の洗浄か。感心な心意気だな」


 不快でしかない言葉は、ローブの(きぬ)()れの音と同時に届いた。


「あんたが指示した罰則だろ」


 顔も上げずに言い捨て、リュートはたらいへと腕を突っ込んだ。薬液自体はさほど冷たくもないが、()れた腕が空気に冷やされるので、少し動きがかじかんできた。

 リュートの前に立つ人物が、全く悪びれることなく言い直してくる。


「補講の最中に、暴れだしたという報告が届いてはな」

(ざん)(こん)が原因と知ってるくせに、よくもぬけぬけと言えるよな」


 ()(けん)を拭く手は()めぬまま、顔を上げる。予想外のものが待ち構えていたわけでもない。

 そこにいたのは、学長のローブに身を包んだ男性だ。差し込む陽光に照らされ、青みがかった銀髪が白い輝きを放っている。同様に白く見える肌は地色で、端正な顔にも白い笑みを張りつけていた。白くかわいた(ほほ)()みだ。

 と、気づけば、体育館内に響く足音がやんでいた。

 見やるとセシルに気づいた訓練生たちが、バスケットボールを中断して最敬礼をしている。

 セシルは軽く手を上げて返すとこちらに向き直り、面白がるような目で見下ろしてきた。


「相変わらず()かれているのか?」

「思いきり」


 嫌みったらしく答え、手にした()(けん)ごと左腕を掲げる。

 今は落ち着きを取り戻し、リュートの制御下へと戻った左手足だが、またいつ暴れだすとも限らない。テスターとセラの今日の予定が校外任務――買い物へ行く明美の同伴――なのに対し、リュートだけが訓練校待機なのも、そういった理由からだ。


「ふむ」


 考え込むように、顎に手を当てるセシル。だがそれはただの演出だろう。(ひら)きかけた口は、すでに決まった言葉を吐こうと形を変えていた。


「存在感の質量を一部欠いているという点において、(しん)(ぼく)(ざん)(こん)は近しい存在であるともいえる。そのため、(しん)(ぼく)(ざん)(こん)()かれやすい……とはいえ」


 セシルは教科書の引用を中断すると、()(しょう)の色に瞳を染めた。


「自ら(ざん)(こん)に突進して、()かれた間抜けを見るのは初めてだ」

「だから女神(あいつ)に押されたんだって。何回言えば――」

「あのお方を悪く言うのはよろしくないな」


 ()(けん)を置こうとした左手の甲を、セシルの足が踏みつける。

 リュートは前髪を跳ね上げ、セシルをぎろりとにらみ上げた。


「ってえな! 足どけろよ!」


 バスケットボールを再開しようとしていた訓練生たちが、威嚇の声に驚き、動きを()める。

 肝心のセシルはひるみもしなかったが、足だけは言われた通りにのけた。彼は自分の髪を一房なでると、


「霊媒師にコンタクトは取れるが、少々時間がかかる。そこで、今の君にうってつけの人物を紹介しよう。後で訪ねてみるといい」


 一方的に場所を言い捨て、毎度おなじみの、人の神経を逆なでするような笑みを浮かべながら、そばの入り口から出ていった。

 肩越しにそれを見届けて。

 確実に声が届かない距離までセシルの姿が遠のいたころ、リュートはぼそりと吐き出した。


「……あんたが薦める人物なんて、()(さん)くさくて会う気も起きないね」


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ